内山思考
思い出が招く思い出青蜜柑 思考
左から桂三象さん、思考、桂文我さん 妙長寺にて |
桂文我さんが尾鷲で落語会をするようになって二十数年経つ。 当初は会場を何ヶ所か変えたものの、今ではほとんど妙長寺の本堂で行う。先日の36回目も大盛況だった。 爆笑王と呼ばれた師匠、桂枝雀ほどの派手さは無いものの、文我さんの語り口は穏やかで、どの演目を聴いても心が安らぐ、どれほど笑わせても客の体力を奪わず反対に「笑い力」を与える、例えるなら菩薩行のような芸風だな、と僕は感じている。
最初に聴いたのは四代目・桂文我を名乗る前、雀司時代の「花色木綿」だと記憶している。その時僕は生の落語に接するのが初めてで、とても緊張して上手く笑えなかった。悔しかったので、帰宅してから部屋に籠もって「アッハッハー」と笑う稽古をしたものだ。そのせいかどうか今は自然に笑える。 プライベートで話していても、文我さんが勉強家で真摯に芸に打ち込んでいることはよくわかる。何より博学である。しかし衒学(げんがく)ではない。ちゃんとこちらにも話を振ってくれるし、何人か居れば、座の隅々に気を配っている様子が見て取れるのは流石だ。
平成五年、僕がNHK大阪のスタジオで「矢数俳諧」に挑戦している時、ニュースか何かでカメラが離れホッとしながら句作していると、「思考さん、思考さん」と声がする。振り返ったら雀司(文我)さんがニコニコ笑っていたので嬉しくて泣きそうになった。環状線、鶴橋駅の雑踏の中で偶然鉢合わせしたこともある。あれには驚いた。「これ、地方限定品ですよ」と手渡されたのは「明太子味」か「たこ焼き味」のポッキーだったような…。
文我襲名の際に頂いた文我人形 |
文我さんの演目はどれも好きだから、この一席、と決められない。それでも今、何が聴きたい?と問われたら「しじみ売り」と答えるだろう。 江戸期の、寒い十日戎(えびす)の晩の人情噺で、これを聴くと、ああ、人間て素晴らしいな、と心が暖かくなるのである。