2012年4月8日日曜日

2012年4月8日の目次

■ 俳枕 江戸から東京へ(66)
        山尾かづひろ 読む

■ 尾鷲歳時記(63)                          
        内山  思考  読む

■ 私のジャズ(66)          
        松澤 龍一  読む

俳枕 江戸から東京へ(66)

古川流域/三井倶楽部
文:山尾かづひろ 
三井倶楽部









都区次(とくじ): 今回は麻布十番を出発点として歩いてみたいと思います。
江戸璃(えどり): 地下鉄麻布十番駅の南麻布一丁目方面の出口から地上へ出て、二の橋の交差点に行くわよ。その二の橋で古川を渡るのよ。つまり古川によって三田台と麻布台は東西に分けられる地形となっているわけ。
都区次: 言ってみれば、どちらへ向っても坂道となるわけですね。
江戸璃: その通り。西へ行けば仙台坂で、東へ行けば日向坂(ヒュウガザカ)よ。坂下に毛利日向守の下屋敷があったことによるそうよ。永井荷風に「日和下駄」という東京散歩の一書があって、日向坂を次のように書いているわね。「二之橋の日向坂は、その麓を流れる新堀川(古川)の濁水とそれに架かった小橋と、斜に坂を蔽ふ一株の榎との配合が、自から絵になるやうに甚だ面白く出来てゐる」現在では古川の流れの上に首都高速2号線が架けられて、永井荷風の時代(大正初期)から見れば風情は失われちゃったわね。日向坂上へ出ると右側にオーストラリア大使館があって、続いて三井倶楽部。三井倶楽部は二コライ堂などで知られるイギリスの建築家ジョサイア・コンドルの設計によるバロック風の優美な洋館で、大正2年の完成だそうよ。この辺りは広大な武家屋敷だったので、その屋敷跡の一部である武家長屋が、三井倶楽部の塀沿いに残されているわよ。
武家長屋跡










行く先に西洋館のかぎろへる  長屋璃子(ながやるりこ)
残さるる武家長屋跡花の風  山尾かづひろ

尾鷲歳時記(63)

夜の梅、朝の桜
内山思考

境内を映す甘茶の大薬缶  思考

伝説の絵手紙作家
清崎守人さんに頂いた一葉













妻が桜餅を食べている。僕はそれを見ている。甘いものが嫌いな訳ではなく、子供の頃から餡が好きだから、和菓子派なのは間違い無い。でも、桜餅や柏餅のあの湿度たっぷりの柔らかな感触がもう一つ好きになれないのだ。「ふふん」妻が口を動かしながら僕を見て笑う。「うまいか?」と聞くと「ふんっ」と鼻息混じりで返事をする。 幸せなことだ。僕にとって餡の究極はやはり虎屋のヨーカンである。あの重量感と存在感は菓子の王ではないかと思うぐらいだ。

以前、僕の知り合いで「からすみと虎屋のヨーカンは、買うものじゃない。あれは(贈答品で)貰うものだ」と豪語したお大尽がいたが、そんな身分になってみたいものである。だから、たまに「夜の梅」などが手に入ると、賞味期限いっぱい眺めて楽しみたいと願う。ところが天敵がいるのだ。妻である。ちょっと油断するとあっという間に三分の一ほど食べてしまう。そして 「美味しいものは早く食べなくちゃ」と言う。僕は「それもそうだな」と納得して、残りを妻と仲良く半分ずつ食べるのである。何だか不公平な気もするが…。


妙長寺の桜、右下の
御衣黄はこれから
もう一つ、僕が大好きなのが「キンツバ」で、こちらは幸いなことに妻は手を出さない。あの、さっくりとした歯応えとあまり甘さの濃くないところが夫婦の好みを分けているのである。嗜好とは不思議なものだ。おかげで「キンツバ」に関しては妻との「鍔迫り合い」は無い。昔、新宮市の大橋通りに「入船堂」という和菓子屋があって、そこのキンツバはとても美味しくて有名だった。鯛焼きや銅鑼焼きのように店先で焼きながら売っていたのを覚えている。知らない間に廃業してしまってあの味にもう逢えないのは何とも寂しいことである。

僕の高校時代の同級生で、歌手をしている周美(かねみ)さんの実家が、「入船堂」の隣りのおもちゃ屋で、いつだったか、キンツバの話をすると彼女は「わたしはよく裏口から入船に遊びにいったわ」と懐かしがった。僕は彼女が「入船堂」と言わず「入船」と省略したことでかえって彼女の少女時代が垣間見えたような気がしたものだ。色気ではなく食い気の方の甘ーい話である。

私のジャズ(66)

ご当地ソング
松澤 龍一

水森かおり「歌謡紀行Ⅷ」(TKCA-73460)












歌謡曲にはご当地ソングが多い。「小樽の人よ」、「恋の町札幌」、「札幌ふたりづれ」、「釧路の夜」、「小樽運河」、「札幌東京」、「網走番外地」、サブちゃんの ♪はあ~るばる 来たぜ はっこだて~♪ と、とりあえず頭にあるものを北からあげていっただけでも、これだけすらすらと出てくる。本格的に調べればこの数十倍はあるだろう。どんな地方都市でも、ご当地ソングの一つや二つはありそうだ。

我が町、野田(千葉県野田市)にも「野田みれん」という立派なご当地演歌がある。唄っているのは三田翔也。私のレパートリーの一つでもある。水森かおりとか水田竜子のようにご当地ソングを得意としている歌手もいる。お二人とも私の大のお気に入り。

アメリカにもご当地ソングはある。思いつくままに挙げてみよう。先ず、有名な I Left My Heart In San Francisco 、東部へ飛んで、Autumn In New York  中部に行くと、ずばり、Chikago 、南へ下ると、St. Louis Blues, Tennessee Waltz, Georgia On My Mind, Stars Fall In Alabama ...... ジーン・ピット二―のルイジアナ・ママなんていう歌もあった。日本に比べると、ちょっと少ない気がする。

でも、強力なご当地ソングが一つある。「Route 66」 という曲だ。「Route 66」で歌われているルート66はアメリカの道路の名前で、イリノイ州シカゴとカルフォルニア州サンタモニカを結びアメリカの南西部の発展を促した重要な国道であった。1985年に州間高速道路の発達によりその役目を終え、廃線となったとのこと。Bobby Troup という人がこのルート66を歌にした。

多くの歌手に唄われヒットした曲である。この曲にはルート66の沿線の10以上の町が歌い込まれている。強力、かつ広域ご当地ソングである。ナット・キング・コールの歌が有名だが、ここは作曲者本人の歌で聴いてみよう。



素敵なフレーズが歌われている。Get Your Kicks On Route 66  ネイティブの英語の使い手でないと中々書けない歌詞である。日本人にはまず無理だろう。「ルート66をぶっ飛ばしていると、お前にビビッとくるぜ」との意味だろうか。そう言えば、コール・ポーターに I Get A Kick Out Of You がある。これも洒落ている。