2012年3月11日日曜日

尾鷲歳時記(59)

野球の記憶
内山思考

少年に大手を広げ春の虹  思考

往年の名選手、
別当薫さんの父は尾鷲の人、
別当さんの本籍も尾鷲だった














小学校に入学したばかりのある日の思い出。僕は運動場で高学年の野球チームの練習を見ていた。先生がしきりにノックを繰り返し、レギュラーがボールを追いかけている。元気一杯だ。 「リーリーリー」 僕の前、三塁線から少し離れたところにいる二人がヤケクソのように叫んでいる。彼らは新入部員らしかった。ふと絶叫コンビの片割れが、もう一人に尋ねた。「おい、リーリーってなんや?」 問われた子は驚いた風に一瞬横を向いたが、すぐ 「知らんけど、言わなアカンのや」と返し、二人はまた、「リーリーリー」と声を張り上げ始めたのだった。

大阪での学生時代の話。下宿の近くの駄菓子屋に入ると先客がいた。ステテコ、ダボシャツ、腹巻き姿のオッサンである。しかも丸刈り。幼児を抱いていなかったら、僕は多分、そのままUターンして帰っていたかも知れない。ナリに似合わず?子煩悩と見え、小さな指が差す菓子を幾つか買ってオッサンが出て行った後、店のオバチャンが僕に言った。「今の人、知ってはる?」「いえ…」 僕はかぶりを振った。「永淵はんやんか、ほら、近鉄の…、ホームラン仰山打たはる」「はあ」その時、僕は知らなかった。彼こそ、水島新司原作の人気マンガ「あぶさん」のモデルとなった酒仙スラッガー、近鉄バファローズの永淵洋三選手だったことを。


ヤンキースタジアムで
買って来て貰った
松井グッズ
妻と一緒に名古屋ドームへ中日・巨人戦を観に行ったことがある。試合は、中日の川上憲伸投手が力投を見せ、巨人は音なしの完封ペース、最終回も大ファンの松井秀喜選手がバッターボックスに立ったが、あっという間にツーストライクになってしまった。僕はガッカリした。せっかく三時間もかけて尾鷲からやってきたのに、溜め息をついた途端に、「カキィン」と快音を残した白球がグングン伸びてライトスタンドへ突き刺さった。弾丸ライナーの見事なホームランである。三塁側の巨人ファンは歓喜し、僕もその渦の中でこぶしを突き上げた。あの時、ダイアモンドを颯爽と回っていた松井選手の姿をいまでも忘れない。 そして今年も野球シーズンがやってくる。エンジョイ・ベースボール。「リーリーリー」。