2013年8月25日日曜日

尾鷲歳時記(135)

東京のことなど
内山思考

熟れ寿司や言葉たどれば都あり  思考



修学旅行の東京土産
と言えば昔はこれ













最近よく行くようになった沖縄を除けば、僕がほとんど紀伊半島とその周辺から出る機会を持たない人間であることは以前、このコラムで書いたような気がする。九州や四国、北海道は修学旅行とかツアーでサッと上っ面だけ撫でた感じの行程だから、あまり強い印象が残っていない。5月だったか妻と姉の三人で訪れた出雲と伯耆は折りからの台風の余波で、雨にたたられ通しだったものの、自分の運転だったし、あちこちで三泊したからそれなりの満足感はあった。特に、水木しげるさんの故郷、境港市の妖怪ロードで、ゲゲゲの鬼太郎に出会えたのは最高に嬉しい出来事だった。

さて、僕がちっとも縁が無いと言っていいのが、首都東京である。今振り返っても六十年の人生で五、六回しか行ってないと思う。最初が中学校の修学旅行であることは間違いない。東京タワーの展望台から友人と二人で階段を駆け下りたのを覚えている。次が大学一年の夏休み、高校の同級生が免許を取ったから車で遊びに行こうと言うので、夜の東名高速をひた走りに走って明け方に着いた。エアコン車じゃなかった筈だが、その時の暑さは記憶から飛んでいる。

尾鷲-東京間夜行バスのチケット、
これは娘の
三度目は四十半ば、舞踊家、西川千麗さんの舞台を観に行ったのだが、1日しか休みが取れなくて、土曜日の夜行バスで尾鷲を出、翌夕からの舞台を途中まで観て再び夜行バスで帰鷲して顔を洗ってすぐ出勤、という強行軍をこなしたのだった。千麗さんを何故知ったのか忘れてしまったが、一度電話で長話をしたのが懐かしい。結局、とうとう直接お会いする事もなく、昨年、新聞紙上で千麗さんの訃報に接したのは無念であった。会いたい人には会いたいと感じた時に会って置くべきだと悟った。そして今年、和田悟朗さんの読売文学賞授賞式が上京のチャンスだったが、ちょうど母の一周忌が重なってしまった。僕には東京はとても遠い所なのである。