2011年5月1日日曜日

俳枕 江戸から東京へ(18)

日本橋・銀座界隈/日本銀行
文 : 山尾かづひろ

越後屋









【日本銀行】
都区次(とくじ): 次は日本橋を南詰から北詰へ渡ってみましょう。まず見えてくるのが日本橋三越です。年表によると三越は延宝元年(1673)に呉服店の越後屋として創業したことになっています。その越後屋の北側にあったのが小判を作っていた金座でした。金座の跡地に建ったのが日本銀行本店です。
江戸璃(えどり): 金座の跡などと軽く言うけど、けっこう有名な秘話があるのよ。明治23年に基礎工事にかかったときには、おびただしい鎔金の滓が土に混ざって出たそうなのよ。モノがモノなので掘れるところまで掘ったら地下6メートルでとてつもない大石にぶち当たったのよ。そこで掘りは止めて、大石の上に厚さ3メートルのコンクリートを流し込んで基礎にしたそうよ。
都区次: この建物は国のものとしては日本人建築家が初めて設計を手がけたものという由緒ある作品です。完成したのが明治29年2月で構造は「石積み煉瓦造地下1階地上3階建」となっています。この「石積み」というのは見ても分かるのですが、「煉瓦」はどこを見ても見当りません。どういう訳ですか?
江戸璃(えどり): この建物はベルギーの中央銀行を模範にして設計したらしいのよ。当初の設計は総石造りだったのね。「ところがギッチョンチョン」明治24年に起きた濃尾地震の被害の凄さにビックリ仰天。ここは建物の上部を軽くして耐震性を高めるという「手」に出たわけよ。1階だけは石造りにして、2、3階は軽量の煉瓦で造って、その上に石を貼り付けたのよ。だから煉瓦は見えなくて当然なわけね。

日本銀行本店










越後屋に衣さく音も更衣(ころもがへ) 宝井其角
展示さる大判小判に日雷      山尾かづひろ