2011年5月15日日曜日

俳枕 江戸から東京へ(20)

赤坂・麹町/赤坂一ッ木通り
文 : 山尾かづひろ
大岡越前












赤坂一ッ木通り
都区次(とくじ): それでは銀座より東京メトロの銀座線で赤坂見附へ行ってみましょう。この一ッ木通りの辺りは徳川八代将軍吉宗の頃は南町奉行所の名奉行だった大岡越前守忠相(おおおかえちぜんのかみただすけ)の屋敷がありました。大岡越前は「大岡政談」で有名ですね。
江戸璃(えどり): 伝記資料としては現実に大岡越前の遺した職務日記の「大岡忠相日記」が唯一のもので、その他のものは信頼性がないそうよ。実際の大岡越前が行った裁きは一件だけだったのよね。それも普通のものがね。「ところがギッチョンチョン」将軍吉宗の下で町火消し制度の創設や小石川養生所設置などの実行実績で「政治家はかくあるべし」という庶民の願望が「政談」として培養されたものなのよ。
都区次: 「政談」は作られたものなのですか
江戸璃: そうなのよ。大岡越前の没後から講釈師による原型が作られると、幕末から明治にかけて発展して歌舞伎の素材などに使われたのよ。などと偉そうなことを言ってるけど、すぐ裏のTBSテレビで放送していた加藤剛主演の「大岡越前」は私は面白くて毎回欠かさず見てたわよ。アハハ。

放送局(TBS)









(赤坂にて)
雷は筑波あたりか飛ぶ螢  勝海舟
高楼の放送局や遠霞    山尾かづひろ