松澤 龍一
BOOGIE WOOGIE PIANOS (MCA RECORDS MCA-3083) |
よくぞこのレコードが手元に残っていたものである。レコードの発売年月日から憶測するに40年近くも、捨てられもせず、売られもせず、そしてほとんど聴かれもせずに、手元にじっと眠っていた。今、取りだして聴くと何とも貴重なレコードであることが分かった。故油井正一さんがライナー・ノーツを書いている。下手な受け売りをするより、ちょっと長くなるがそのまま引用してみよう。
「(前略)だがこのアルバムは、ジャズ史上類例のない貴重なドキュメントを我々に提供してくれる。ミード・ルクス・ルイスとカウ・カウ・ダヴェンポートを除いて、プロ・ミュージシャンはいない。そのルイスとてもこれを吹き込んだ頃は、シカゴでタクシー運転手をやっていたのであった。
つまり達者にピアノを弾くが、まったく自己流に終始しているのである。黒人が樂典も奏法も知ることなく、突如ヨーロッパの楽器を手にしたところからジャズは起こった。ところがレコードにされたのはずっとあとのことなので、発生期のかたちはまったく資料として残っていない。
このアルバムできく黒人アマチュアの演奏をきくと、ショパンもリストもドビュシーも知らぬ彼らが、はじめてピアノに手を触れた時どんな音楽がつくられたか?その有様がよくわかる。その意味でジャズ史上実に貴重なアルバムと思われる。(中略)まず彼ら流に4ビートで弾いてみたが間のびしてサマにならぬ。そこで8分音符を二度づつ叩く8ビートにしてみると面白いベース・パターンが出来上がった。これがブギ・ウギの原形パターンである
ブギ・ウギとは1小節8拍のブルース・ピアノである。
最も興味をひくのは、未知のヨーロッパ楽器たるピアノに接するにあたって、(1)打楽器的に使ったこと (2)素材をブルースに求めたこと という、黒人の本能的な音楽観が、最も素朴なかたちで示されたことであろう(後略)」
このブギ・ウギ、しばらくしてロカビリー、ロックンロールというかたちで世界を席巻することになるとは、当時のアマチュア黒人ブギ・ウギ・ピアニストは夢だに思わなかったことだろう。