2013年11月17日日曜日

尾鷲歳時記(147)

パンの記憶
内山思考
 
半熟の冬の太陽浮く朝餉  思考
 
わが家のトースター












子供の頃、実家にかぼちゃのような形をした鋳物(合金?)製のパン焼き器があった。上部が蓋になっていて、内側が放射状の幾つかの部屋に分かれている。その中に、メリケン粉と砂糖を混ぜ水で練ったものを入れてガスコンロで焼くと、ホカホカのおやつが出来上がるのである。僕は長い間、それを「おやつ製造機」だと思っていたが、実は戦後の物資配給時代の製品で、米の無い時、そんな風に小麦粉をパン状に焼いて食べていたのだとか。

このことは桑名に住む姉が教えてくれた。同じ材料をうどんのようにして食べたりもしたらしいが、「あなたたちは喜んで食べてくれたので有り難かった」と母が言っていたそうだ。僕はまったく覚えていない。

パンで一つ思い出すのは、娘がお気に入りだった絵本である。それは街で働く人々を描いた内容で、可愛い絵と共に「朝一番早いのはパン屋のおじさん・・・」という歌が載っていた。簡単な譜面もあったように思うが、よくわからないので、二人で適当に節をつけて歌ったものだ。でも本当はどんなメロディーだったのだろう。

パン屋さんと言えば最近、知人の奥さんが、桑名にとても美味しいかぼちゃのパンを焼く店があるはずだけど、お姉さん知らないかな、と僕に問うた。さっそく電話で聞いてみると、そのパン屋さんなら近くだから、今度来たときにでも一緒に行こうと姉。丁度、妻が名古屋の病院に行く用事があったので、泊まりがけで桑名にでかけることにした。そして翌日、尾鷲とは違ってずいぶん寒い朝を迎えた僕と妻は、姉の案内で閑静な住宅街にあるそのパン屋さんを訪れた。

この店のかぼちゃパンは最高
ドアを開けて明るい店内に入ると、焼きたてのパンの匂いとご夫婦の笑顔が優しく僕たちを迎えてくれた。光と香りのハーモニーが素敵な空間を作っている。ご主人のすすめてくれた椅子に腰掛けて、姉と妻が楽しそうにパンを選ぶのを眺めながら、僕は「朝一番早いのはパン屋のおじさん」の絵本と歌を思い出していた。