2011年1月2日日曜日

アンドレイ・タルコフスキーの芭蕉(下)

大畑 等

『ノシタルジア』はイタリアで撮影された。冒頭、出産の聖母(フランチェスカ)像が出てくるが、宗教的なモチーフはない、また哲学的でもない。ロシアには哲学は要らない、詩と文学がその代わりを果たしているから、と言われるが、もう一つ映画を加えてよいのかもしれない。

タルコフスキーは、ロシア人亡命者のロシアへの宿命的な愛着と、外国の生活を悲劇的なまでに受け入れられない同化能力の欠如を映画に撮りたかった。世界や自分とのあいだの深い不和、存在の全一性にたいするグローバルな憂愁、これらがノスタルジアを引き起こす、ノスタルジアという名の病だ、と彼は言う(撮影後、タルコフスキーもまたこの病をかかえることになる)。映画『ノシタルジア』では、主人公の生家、母、子供、妻、犬が出てくるが、これらはタルコフスキー自身のロシアそのものであろう。また水、瓶、雨はとりわけ美しい映像であるが、タルコフスキーはここに象徴もメタファーもないと言う。全身で感覚したそのものを映像にした、ということだろう。

『映像のポエジア』より









〈ノスタルジア〉という病をもったロシア人のゴルチャコーフは、イタリアにあって優柔不断、行動に首尾一貫性がない。異性からの愛にも応えられず罵倒される。対照的なのはパラノイア症者のイタリア人ドメニコである。彼はローマの広場で、人間性を踏みにじる今日の文明に抵抗しようと訴え、直後焼身自殺を遂げるが、所詮人々の目には茶番である(広場に持ち込んだカセットデッキから出るベートヴェンの交響曲第9番(歓喜の歌)がグニャリと間延びして途中で止まる。愛犬だけは状況を察知して吠える)。かつて彼は「世界の終わり」を悟って、家族を7年間監禁した。警察によって解放された子供は、山間の道路を走る車を見て「パパ、これが世界の終わり?」と訊ねる。ここでも彼の行動は茶番にされる。

しかし、主人公ゴルチャコーフはドメニコの「内的完全性」に感動し、彼との約束(ろうそくの火を消さずに温泉を渡る)を実行する。世間では意味のない行動をゴルチャコーフはやり遂げ、その後フィナーレである雪の廃墟のシーンに移る。さて芭蕉のこの句、

雪ちるや穂屋の薄の刈残し  芭蕉 

世界からの孤絶と存在への懐疑をテーマにしたタルコフスキーは、廃墟(薄の刈残し=寺院)の中に廃墟(穂屋=生家)を見たのである。実際最後のシーンはトスカナの丘陵地帯とロシアの村が合体した映像である。


『映像のポエジア』より
 












また、『タルコフスキーの映画術』では以下のような記述がある。そのまま書き抜くと、

霧の中の秋雨!私の方にではなく隣家に向かって傘が音を立てて通りすぎる
[小夜時雨隣へ這入る傘の音]

嵐蘭の句であるが、句の前にある解釈はタルコフスキーのものか、ロシアの日本文学研究者のものかは不明である。いずれにしても「私の方にではなく」、「通りすぎる」が日本的抒情からすれば特異である。その解釈には個我意識の強い文化を感じる。対して私たちの文化は、かすかな「傘の音」に意識を向ける。しかし、異文化の文脈で読みとられる俳句に、私は大いに刺激を受ける。あまりにも現在の俳句が閉塞的だから。
(終わり)