2011年4月17日日曜日

俳枕 江戸から東京へ (16)

日本橋・銀座界隈/人形町
文:山尾かづひろ

銀座

















【人形町】
都区次(とくじ): 水天宮の北西にあたる人形町へ行ってみましょう。この人形町の名前の由来は何ですか?
江戸璃(えどり): 江戸時代、現在の人形町三丁目には歌舞伎小屋の中村座と市村座があって、他にも人形芝居の結城座もあって、人形遣いが多く住んでいたので名付けられたそうよ。
都区次:随分と「芝居掛かった」場所だったのですね。
江戸璃:そうなのよ。「御新造(ごしんぞ)さんぇ、おかみさんぇ、いやさ、これ、お富、久しぶりだなあ」のセリフで有名な歌舞伎の名狂言「与話情浮名横櫛」の妾宅の場面は、そこの人形町交差点近くの玄冶店(げんやだな)の跡あたりに設定されてるのよ。
都区次:玄冶とは何ですか?
江戸璃:痘瘡にかかった三代将軍家光を全快に導き一躍名を高めた幕府の医官の岡本玄冶の屋敷があったので一帯を玄冶店と呼ぶようになったのよ。また芝居関係の人間が多く住んでいたようよ。今でも東に300メートルのところに明治座があるわね。甘酒横丁と呼ばれる途中の通りには芝居見物のマダム相手の甘味処や洋品店が「びっくり下谷の広徳寺」とばかりに並んでいるわね。
明治座









初芝居見て来て晴著いまだ脱がず 正岡子規
炎昼の人形町にカレー食ぶ    山尾かづひろ