2011年7月3日日曜日

尾鷲歳時記 (24)

おこしんさんの話
内山思考 

 山茂るあれ程父母が刈りたるに 思考 

おこしんさんと狼除神












都会の人には実感がないだろうが、出没する猿に困っている。 以前から僕の家は夜間も、外出時も鍵など掛けたことがなかった。路地は何代も前からの知り合いが多く暮らしていて、しかも袋小路。違和感のある人物がいるとすぐわかる。 子供が幼い頃、風呂の窓から泥棒が入ったが、ミルクを作りに二階から降りてゆく妻の重量感のある足音に恐れをなしたか、泥だらけの足跡だけ残して逃走した。

「もう来やへんで」と、相変わらず無施錠だったのに、ここ数年、野ぶせりの如く玄関を開けて食物を奪い去る猿共のために、鍵を取り換える羽目となった。長年使わないから故障していたのだ。 猿害の原因は色々あるらしいが、野良犬がいなくなったのもその一つとか。屋根の上から人を小馬鹿にしたように見下ろす憎い彼奴らと睨み合う度、ああ狼がいてくれたら自然淘汰も可能なのに、と真剣に思う。

猿はこの屋根を自由に
行き来する

 僕の田舎の十津川村の言い伝えでは、月夜、狼が遠吠えすると、障子の桟が震えたというから凄い。 しかし、尾鷲に狼塚があることは案外知られていない。国道沿いの、現在高速道路の降り口が作られている近所に、小高く土が盛られていて、その天辺に白木の鳥居と「狼除神」と刻まれた石の塚が立っている。 従兄の家が少し先にあるので話を聞きに行ったが、期待した程のロマンチックな伝承もないようだ。そこに狼が葬られているかどうかもわからないという。

その代わり、奥さんの房ちゃんがいいことを教えてくれた。 「狼祀(まつ)ってる下に、おこしんさんあったやり?」 おこしんさんとは「庚申塚」のことだ。そういえば祠があった。 房ちゃんによると、物を無くした時、その庚申塚に「見つけてくれたら七色のお菓子を供えます」と願をかけると必ず出てくるというのである。お参りした帰り道で有り処を思い出すこともあるそうで、その話の方が面白かった。