2011年7月31日日曜日

俳枕 江戸から東京へ(31)

浅草界隈/鷲神社(おおとりじんじゃ)
文 : 山尾かづひろ  
 
吉原の遊女(明治時代)









都区次(とくじ): この交差点は「吉原大門」ですが、次はどこへ行きますか?
江戸璃(えどり): 鷲神社へ行ってみましょう。
都区次: そんなに簡単に行けるのですか?
江戸璃: 「論より証拠」歩いてみましょう。まず見えるのが「見返り柳」で、遊び終えて帰る客が遊女に思いを馳せて振り返ったそうよ。次に見えるのが「衣紋坂(えもんざか)」、土手通りから吉原遊郭の入口にある坂で、遊客がここで衣紋を直したのが由来だそうで、土手通りから遊郭を見通せないようにS字状に道をつけたそうよ。あと300メートルほど歩くと吉原弁天よ。
都区次:この吉原は明暦3年(1657)の大火後に幕府の命令で日本橋から移されたそうですね。
江戸璃: その通り、当時この辺りは湿地帯で多くの池が点在していてね、湿地の一部を埋め立てて日本橋の遊郭が移されたのよ。遊郭造成の際に池の一部は残り、弁天祠が祀られ、現在は浅草七福神の一社として毎年多くの参拝者が訪れているわよ。その先の国際通りを右に曲れば「鷲神社」に出るわよ。
都区次: これほど近いとは知りませんでした。

鷲神社









熊手照らす裸電球二重三重  大矢白星
かにかくに吉原近し酉の市   山尾かづひろ