2011年8月7日日曜日

私のジャズ (32)

泣ける!ジョージ・ルイスには泣ける
松澤 龍一

GEORGE LEWIS AT HOME
(American Music VC-7021)













今までに聴いて泣ける音楽は二つしか無かった。一つはメンゲルベルクが指揮をしたバッハの「マタイ受難曲」であり、二つ目は中村美津子が唄う「瞼の母」である。だが、このジョージ・ルイスには泣ける。曲は「セント・ジェームズ病院」、彼が1963年に来日した時のテープのようだ。あまり上手くない歌、それに続く単調なトロンボーンとトランペットのソロの後に出るジョージ・ルイスのクラリネットのソロは素晴らしい。泣ける。単純に泣ける。


ジャズはニューオリンズで始まったとされるのが定説である。ニューオリンズの売春宿のオーナーたちがパトロンで、彼等あるいは彼女等の庇護のもと盛んになったが、ニューオリンズの紅燈街が閉鎖の憂き目にあうと、そこで演奏していたプレーヤ―はミシシッピー河を逆上り、シカゴ、そしてニューヨークに向かった。こうしてアメリカ南部の都市のその一部の地区で演奏されていた、後にジャズと呼ばれる音楽が全国規模になるわけである。

ところがニューオリンズを離れようとしない連中もいた。彼等はニューオリンズに踏みとどまり、音楽以外の仕事を捜し生活を始める。1940年代に好事家の一人が一昔前にニューオリンズで演奏されていた音楽の復活を試みた。その当時のプレーヤー達が探しだされた。その中のプレーヤーの一人が、このクラリネットのジョージ・ルイスなのである。なんと、発見された当時、彼は沖仲仕であったと云う。

この GEORGE LEWIS AT HOME と題されたレコードは、ジョージ・ルイスの自宅で吹き込まれたもので、 バンジョーとベースの伴奏だけの数曲が素晴らしい。ビブラートをたっぷりと利かせたむせび泣くクラリネットである。