内山思考
善人に疲れて風邪の薬呑む 思考
同じ三重県でも、北部の桑名は 雪がよく降る(姉の家の玄関先) |
雨のよく降る尾鷲だが、雪はあまり降らない。たまに明け方、うっすらと積もっていても、陽が差せばすぐ解けてしまう。 そこで、こんな物語。
-むかし、大台の深い山の奥に「雪娘」が棲んでいました。ある吹雪の日、彼女が歌いながら風と遊んでいると、人間に出会いました。いつもなら雪娘は、幻を見せ空耳を聞かせ、もっともっと森の中へ誘い入れて凍えさせたり、時には谷から落としてしまうことさへあるのです。 今度も、退屈しのぎにそうしてしまおう、と風に隠れて近づくと、なんと、雪よりも白い息を吐き頬を赤く染めているのは、見たこともない美しい少年ではありませんか。 雪娘は、驚いた拍子に、思わず姿を現わしてしまいました。
「あっ、君は誰?」「…どこへ行くの?」
「尾鷲へ帰りたいんだけど道に迷って」
「…それなら道が違うわ」
雪娘は、街道への近道を教えてやりました。
「ありがとう、俺は新吉、君は?」
「…ユキ」
さあ、それから明けても暮れても彼女の心の中は新吉のことばかり。老いた狼が言いました。 「ユキよ、それは恋という恐ろしい病だ」 それでも、仕方なく狼は新吉と会う方法を教えてくれました。「いいか、今夜、大雪が降る。その雪を辿って尾鷲まで行け。けれども、日の出前に帰って来ないとお前は消えてしまうぞ」
喜んだ雪娘は風に乗って舞い上がりました。 ところが、急いで急いで、やっと尾鷲が見えた時、辺りは白み始めていたのです。 解けていく雪を伝いながら、雪娘は必死に新吉の家を尋ね歩きましたが、もう太陽が海から顔を出そうとしています。
「新吉さん…」 昨夜、遅くまで仕事をしたせいで寝坊した新吉は、誰かが呼んだような気がしてガタピシと戸を開けました。でも誰もいません。遠く大台の山々は雪化粧をしています。
「ああ、綺麗だな」 そして、足元に少しだけ残っている雪に気づくとそれを拾い上げました。小さな雪の塊は新吉の手のひらで解け、涙のように滴り落ちました。
おしまい。
寒椿を思わせる爪楊枝入れ |