2012年2月5日日曜日

尾鷲歳時記(54)

節分の雑想
内山思考

冬に飽いて次の襖を開けにけり 思考

年代物の五合枡












「福は内、福は内」 近所の手前、大きな声を出すのが恥ずかしいので呟きながら豆を撒く。台所から仏間、廊下などにかけて、枡からつまんでパラパラと撒く。 あまり大量にふらせると、後の掃除が大変なので体裁だけのかなり消極的な恒例の行事である。息子がまだ帰宅してないので、枡を玄関に置き、帰ったら「鬼は外」をやるようにとメールすると、しばらくして「了解」と返事が来る。

僕は、大晦日の次に、この節分から立春へのカウントダウンが好きだ。暦の上で春になったからと言っても朝晩の寒さは相変わらずだし、水も冷たい。しかし、春の中に自分がいるという高揚感は何ものにも代え難い。 一因として、2月が僕の誕生月なのもあると思う。11日だ。神武天皇即位の日ということで「紀元節」の名で明治5年に祝日になったそうだが、第二次大戦から1966年(昭41)まで廃止されていた。子供の頃「お前の誕生日は昔、紀元節といって祝日だった」と母によく聞かされ、すこぶる残念に思っていた僕は、中学生になった時、その日が「建国記念日」と名を変えて復活すると知り、とても嬉しかった。
立春の天狗倉山
(てんぐらさん)

僕が生まれた昭和28年は西暦1953年で、1+9-5-3-2=Ι-Ι の数式が成り立つ。今年の元旦は 2+0+Ι-2=Ι×Ι 和田悟朗さんは1923年6月18日だから Ι+9+2+3=6+1+8 あるいは 1×9×2×3=6×(1+8)になる。別に特別な意味は無いけれど結構楽しいお遊びだ。

僕の妻は1月1日生まれ、娘は3月3日なので次は5月5日に男の子を、と願ったが息子は3月27日で、我が家は全員早生まれとなった。年の豆で思い出したが、以前、風呂の洗い場の排水口に転がった豆が生(なま)煎りだったらしく発芽を始めたことがあった。暖かい環境が適していたらしく、もやしほどの長さになったので、そろそろ土に移してやろうと小さな植木鉢に植えたらすぐに枯れてしまった。ぬるま湯に浸っていた身に、現実の大気は過酷だったのだろう。思えばあれは豆の世界の浦島太郎であった。