2012年2月12日日曜日

私のジャズ(58)

ビブラート
松澤 龍一

Music for Loving BEN WEBSTER WITH STRINGS
 (Verve MGN-1039)












昔、サム・テイラーと言うテナー・サックス奏者がいた。例の「ハーレム・ノックターン」と言う曲を小刻みに音を震わせ、ムードたっぷりに吹き一世を風靡した。日本ではとても人気が高かった。その人気に悪乗りをしたのか、演歌なども吹くようになった。

森進一の「港町ブルース」なんか彼のテナーに合いそうだ。人気は日本だけだったのかもしれない。人気は高くても、ジャズ・プレーヤーとしてでは無い。日本でもジャズ・プレヤ―としては全く認められていなかった。 ジャズ・プレヤーとしては認められていなかったが、彼の奏法には最もジャズ的なるものを含んでいる。それは、あの小刻みに音を震わせるビブラートと呼ばれる奏法だ。

ジャズでテナー・サックスの嚆矢はコールマン・ホ―キンス、ビブラートを効かしたふくよかな音色、豪快なスイング感でジャズにテナー・サックスと言う新しい楽器を持ち込んだ。最初にサックスと言う楽器を手にした彼が、正当な奏法であるノン・ビブラートを選ばず、何ゆえあのようなビブラートをたっぷり効かせた音を選んだのか興味深い。きっと何か理由があるに違いない。

クラッシック音楽では、あまりサックスは使われないが、数少ないサックスを使った曲を聴けば、ノンビブラートの何とも間の抜けた音色の楽器であることが分かる。コールマン・ホ―キンスのビブラート奏法はその後のジャズの一大潮流となる。レオン・チュー・ベリー、ベン・ウェブスター、ソニー・ローリンズ、アーチー・シェップなど、多くのスター・プレヤ―を誕生させる。

コールマン・ホ―キンス系の大御所、ベン・ウェブスターの演奏で「ダニー・ボーイ」だが、画像を見ると、気になるほど頻繁にリードを舌で舐めている。リードを常に湿らせることとビブラートは何か関係があるのだろうか。