2011年1月9日日曜日

尾鷲歳時記(1)

秋刀魚の燻製
内山 思考

 男にも春着はありぬただし地味  思考

あけましておめでとうございます。
奈良で生まれ、和歌山で育ち、学生時代を大阪で過ごした上に三重県尾鷲(おわせ)市に暮らし始めて三十数年、思えば僕の人生は六十年近くかけて紀伊半島を「の」の字に巡っているようなものである。


尾鷲湾


住めば都、とはよく言ったもので、東側に少し水平線が見える湾があるだけで、あとの三方は山が目の前にそそり立っているこの土地は、今や僕にとって「第二のふるさと」どころか本当の故郷のように愛着のある場所となっている。

たしかに、漁業、林業などの第一次産業は衰退し、過疎は進む一方である。しかしそれは尾鷲だけではなく全国の地方都市が抱えている問題だし、市民も行政も手をこまねいているわけではない。諦めてもいない。

正月早々、美味に遭遇した。
「思考さん、これ食べてみて」
友人がやって来て、下げていたビニール袋を突き出した。何だか焦げくさい。
「何、これ?」
筋骨隆々の彼はニタリ、と笑うと
「サンマのくんせい」
と言った。
「秋刀魚の燻製?」
そんなものがあるのか、と思った。
サンマと言えば、刺身、塩焼き、干物ぐらいが主な食べ方である。肉が簡単に手に入らない時代はサンマのすき焼きというのもあったそうだが…。

彼が帰ってから、一匹焼いてみようと思い、赤銅色をしているそれをガスレンジで炙ってアツアツを食べてみた。
秋刀魚の燻製









そして、あまりのうまさに絶句した。

何の木で燻したのだろう。身もワタも例えようのない旨みと甘さをたたえている。

それに、脂の染みた皮の歯ごたえといったら。僕はサンマの皮をこれほど味わって食べたことはない。
爆発的な感動をすぐ、電話で彼に伝えた。
「うまいやり(うまいでしょ)」
受話器の向こうの笑顔が見えるような気がした。