2011年1月16日日曜日

尾鷲歳時記(2)

尾鷲の雨玉
内山思考


  青空を受けて手袋落ちており   思考










尾鷲(おわせ)は青空の美しい町である。前回も述べた通り、馬の蹄のように山々に囲まれているので、空の面積はかなり狭い。たまに名古屋、京阪神などの都会や、同じ三重県でも平野部の明和町を訪れると、あまりの空の広さに畏怖すら覚える。少し大袈裟にいえば、底なし沼のようで呑み込まれそうな気がするのである。だから、そういう場所ではあまり空を見上げない。山を仰ぐのは好きなのだ。星空もしかり。要するに視線に触れる物が欲しいわけで、雲は少々流れていても、僕には何だか頼りなく思える。

ところで、この魅力ある尾鷲の青空の引き立て役が、実は全国有数の雨の多さなのである。どれくらい降るのか。一昨年(平21)は年間降雨量が屋久島を押さえて堂々のトップ。昨年(平22)こそ四位に甘んじたが、上位を占めたのが屋久島、八丈島、三宅島と聞けば、東紀州の一部に過ぎないこの地の雨の豊かさをおわかりいただけるだろう。尾鷲の雨は下から降る、といわれる。隙間なく垂直に落下する大粒の雨滴が地に当たり跳ね返る様子を例える表現だ。一時間に百ミリという驚異的な降雨も

「よー降るんなあ」
「なあ」
で済んでしまう所が尾鷲なのだ。

雨が止むと市内を流れる三本の川があっという間にそれを海に運び去ってしまう。ために湾内が淡水化し、養殖魚に被害が出ることもある。

尾鷲傘というのがあってそれは、骨が十二本ある頑丈、且つ重厚感のある見事な逸品で、僕は勿体なくて雨の日は安い傘を差す。









老舗の菓子店「かし熊」にある「おわせの雨玉」はその名の通り、かなり大粒の飴玉である。たまに買いに行くと、美人の奥さんが対応してくれる。

尾鷲の空は、この雨によってしょっ中、洗われ、磨かれているから青さが際立っているに違いない。

(写真・青木三明)