2011年6月5日日曜日

季語の背景(14・あとがき)-超弩級季語探究

小林 夏冬


あとがき  
俳句に関わるものの端くれとして、やはり季語には関心がある。そこで私なりに調べてみたが、いまは各種の歳時記が溢れ、その内容も完備しているから、いまさら歳時記的な季語の意味を探っても無意味に等しい。そんなことで歳時記とは違った切り口から、季語の背景を見ることにした。調べているうち次第にその面白さに引き込まれ、深みに嵌ったが、そうなると纏まった形で残したいという自然の欲求に駆られる。ただ、対象はなんであれ、調べるという行為には終わりがなく、泥沼に足を取られた思いばかりが残る。書き下ろしだから不備や不統一があり、舌足らずなところや間違いがあっても、気がつかないで通過してしまったところがあると思う。

何年間も国会図書館別館四階の、古典籍資料室へはうるさがられるほど通ったが、そこで筆写し切れるものではないし、一冊の本に何度も足を運び、原典を読み返していたのでは、時間と労力の浪費でしかないから埒があかない。そこで時間を効率よく使い、資料は見たい時に好きなだけ見られるように、また、書き込みも自由にできるよう、原典を複写してもらうことにした。それが手元にあれば時間など気にすることなく、いちいち国会図書館まで足を運ぶこともなく、夏は涼しいところで、冬は暖かい炬燵に猫といて自由に、いつでも読むことができる。

ただ、ものが古典籍なだけに、複写するといってもそのままコピー機にかけるというような、そんなお手軽にゆかない。第一、そんなことをしていたのでは原典がすぐに傷んでしまうから、国会図書館がそんなことをするわけがない。マイクロフィルムがあるものは即日複写可能だから、その本の記号番号と複写したい頁を指定し、複写室でコピーしてもらう。問題はマイクロフィルムがない場合で、そういうときは写真撮影から始まる。それを現像し、次に文書化したものをコピーするから、複写申し込みから手元へ着くまでにおよそ二週間かかる。複写料金もフィルムがあるものはA四サイズで一枚四十五円、フィルムのないものは九十円と、フィルムがある、ないという違いだけで料金が倍になる。

サイズによっても値段が違うから、これがB四サイズとなると、自動的に値段が高くなるのはいうまでもない。原典の部分複写を申し込んだときは何もいわれないが、全巻複写申し込みをすると、そのフィルムを資料室に残すため、国会図書館へ寄贈する旨の同意書を書かされる。それは一向に構わないけれども、ちょっとした一冊ものでも全巻複写するとA四サイズの複写料金が七、八千円から一万円くらい、なかには二万円近くになるものも珍しくないし、三十巻近くに及ぶ『近世風俗志』のように、「全巻複写しますと八万ちょっとかかりますが、それでよろしいですか」などといわれて泡を食う次第だから、コピー料金を累計すると馬鹿にならない金額となる。

図書の閲覧にしても、いつでも自由というわけにゆかない。一般の図書閲覧とは別な場所、別館四階の古典籍資料室で閲覧するが、最初のころは午前十時、午後一時、午後三時の一日三回しか閲覧申し込みの受付をしなかった。それなのに図書館内部や諸手続きに精通していないから、あちらでまごまご、こちらでうろうろ、九時に開館して古典籍資料室へ行き、古書目録で目的の本を探し当て、記号番号を調べて用紙に記入していると、もう十時の申し込みには間に合わなくなる。そうなると用紙を提出して午後一時まで、ただ待たなければならない。

一時になって目の前に置かれた目的の本を調べ、フィルムがあるものについては複写する範囲を指定して用紙に記入し、これも専属業者が担当する一階の複写室へ行き、約一時間待たされてからようやくコピーをもらえるという順序となる。それが終わらないと次の複写申し込みは出来ないから一日一回、よほど手際よくやってうまくゆくと、二回くらいは複写することができる。何年も通っているうちに資料を出してくれるのが一日三回だけでなく、一時間毎になったから、おしまいのころはだいぶ楽になった。まったくお役所仕事というやつは、などといろいろ腹の立つこともあったが、このように貴重な資料を無料で閲覧させ、複写までしてくれることを考えれば、国会図書館へ足を向けて寝られないという心境になってくる。なお、複写した国会図書館の資料を引用する場合、その出所を明示する旨の誓約書も取られる。私が引用したものの大部分は和漢の古典籍だから、そういうものに著作権などは最初からないが、それでも版権とか所有権のようなものはあるのだろう。資料を複写してもらう前提条件として、引用文献の出所を明示する義務を負わされる以上、それに違反することは出来ない。

また、無数にある季語の中から何について書くか、別に基準を設けて始めたわけではなく、これがよさそうだとか、あれが面白そうだとか、その程度で始めたから、途中でものになりそうもないと諦め、投げ出してしまったものがたくさんある。書きたいものについて、書きたいように書くつもりだったから、横道に逸れたものがずいぶん多い。余計な前置きや、くだらない記述が多すぎるという批判もあるかと思うが、私は最初から論文など書くつもりはないから、横道に入ることを楽しんで書いた。漢文の読みについても同様で、原文にある字を無視したり、勝手に補足したり、私の流儀で読んだことをお断りしておく。だから漢文についてこの読みは違うだろうと指摘されたら、ああ、そうだよというだけの話である。ただ、和文の古典籍は意識して原文を忠実に再現することを心がけた。どうしてかと聞かれても答えようもないが、強いていえば気の向くままとしかいいようがない。つまり、変体仮名や当て字ばかりで書いてある蚯蚓ののたくったような文章を、読み解いてゆく楽しみが別にあったからだろうか。最初は一字ずつ翻字してから読んだが、慣れてくるに従って痞えながらだんだん読めるようになって、そういう点でもやっていて面白かった。これに取り掛かってから本になるまで、七年ちょっとかかったが、自分としてはそんなにかかったとは信じられない。それも結局のところ調べる楽しさというか、読む楽しさ、書く楽しさがあったればこそだろうと思う。

本にしたのは私が心筋梗塞の発作で倒れ、いつ死んでもおかしくない状況に置かれてしまったから、一年間の季語について春夏、秋冬の上下二巻にする最初の予定を諦め、最後の仕上げや訂正などをしている余裕もなく、生きているうちにという、ただそれだけで本にした。思いがけなく生き延びたいまとなってみると、ずいぶん悔いは残るが、それも仕方ないと諦めている。フロッピーにも取ってあり、どこかにある筈だが、それはワープロのもので、パソコンでは通用しない。そこで今回、改めてパソコンに入力し直した。入力しながら間違いに気がついたところや、舌足らずで誤解されそうなところだけ訂正したが、まだまだ間違いはあると思う。しかし、上を見たら限りがないから、もう仕方ないという気になっている。

長い間にコピーした資料が私の背丈ほどの本棚に一杯となり、そのなかの読みたいものを改めて読んでいると、時間はいくらあっても足りないから、老後の過ごし方としてはいうことがない。結果的に最初の心筋梗塞の発作から八年間生き延びたが、いまでは一日生きたら一日の儲けという心境だから、細かいところにいちいちこだわるつもりもない。毎日のんびり過ごしているが、この本を亡き妻と、これまで何十年ものあいだ私を癒しつづけてくれた、わが家のたくさんの猫たちに捧げる。


平成23年2月22日
あかねこ舎主人 小林夏冬