松澤 龍一
「バグス・アンド・トレーン 」 (Atlantic MJ-7023) |
中学生の頃だったと思う。父親に連れられ銀座に映画を見に行った。見たのは「アラビアのローレンス」、内容は中学生には難しく、良く分からなかったが、どこまでも続く白い砂漠の印象が強烈だった。映画の帰りに数寄屋橋の「ハンター」で買って貰ったのがこのレコードで、数度にわたる仕分けを生きのび、今だに手元に残っている。ビクターが発売した国内盤である。従ってジャケットも輸入盤の様に硬質の紙では無く、ペラペラとした薄手のものである。この薄手のジャケットも、今になると妙に懐かしい。
ライナーノーツは油井正一さんが書いている。日本のジャズ評論の草分けの方で、その著書、「ジャズの歴史」は長らく私のバイブルであった。編年的に歴史を述べたものでは無く、ジャズの歴史上のトピックスを軽妙に分かりやすく語っており、読むと思わずその音楽を聴いて見たくなってしまう。「レスター・ヤングを始めて聴いた時、その音のあまりの女々しさに失望してしまった」とか「ラジオでクラッシックとジャズの対抗番組が組まれ、クラッシック側がマリア・カラスを出したとき、こちらはベッシー・スミスをぶつけて、相手をうならせた」とか、今だに覚えている。後に「ジャズの歴史物語」と名を変えて再版された。
両方とも持っていたが、今は本棚に無い。惜しいことをしたと思ったら、「アマゾン」で売られている。これは嬉しい。早速買わないと。彼の母校の慶応大学三田アートセンターに、「油井正一ジャズアーカイブ」として、彼がその生涯に集めた総数約10,000点におよぶ資料や記録が保存されているらしい。
上掲のレコードで「バグス」とはバイブ奏者、ミルト・ジャクソンの愛称で、「トレーン」とはジョン・コルトレーンの愛称である。ミルト・ジャクソンの主な活躍の場はMJQだったが、MJQのミルト・ジャクソンはあまり良くないと言われていた。型にはまり過ぎて、彼の自由奔放なソウルフルな面が抑制され過ぎていると言うのがもっぱらの評判である。確かにそうだと思う。一度、MJQのコンサートに行ったが、実に退屈なコンサートだった。
この演奏は素晴らしい。日本の野外コンサートでのもののようだ。豪快なバイブ演奏が聴ける。