2011年2月20日日曜日

尾鷲歳時記(7)

海のものがたり
内山 思考



 磯巾着海をあやしていたりけり  思 考

九鬼湾に迷い込んだクジラの群れ









 尾鷲沿岸は釣りのメッカである。

 中部や関西方面から夜を徹して車を飛ばしてくる愛好者も沢山いる。皆、真剣に楽しんでいるのだ。何しろ、年の暮れにやってきて正月を釣り三昧、という人もいるのだから驚く他ない。
   
    顔見知りの青年はイカ釣りが生甲斐だ、
 「イカと彼女とどっちがイイ?」
 と聞くと
 「イカですね」
 と即答した。

 僕は、宝の山ならぬ宝の海の際に住んでいながら釣りに興味がなく、もっぱら魚を食べる方に専念している。

 一月末、市外の九鬼町の漁港湾内に小型クジラが三百匹近く迷い込むニュースがあった。ユメゴンドウという種類らしいが珍しいことである。老漁師が漁船で誘導して沖へお引き取りいただいたそうだ。その少し前には、メガマウスとかいう珍魚が大敷網にかかり、稀少種なので水族館へ、と話が決まったが、その話を聞いていたのか、メガマウスは夜陰に乗じて網を抜けて逃げてしまった。

 宇宙も神秘だが、大海もまだ人類にとって未知の世界であることに、変わりはない。
 
   ところで、市内矢浜(やのはま)地区には二百年続く山の神まつりがあり、その主役が何とオコゼなのである。

 昔、山と海の神がそれぞれの幸(さち)を競い、丁度、同数で引き分けになるところだったのを、オコゼがノコノコと出てきたために山の神が負けた。

 それをなぐさめ、機嫌をなおして貰おうと、氏子たちが毎年二月七日に御馳走と、木で作ったカマ、クワ、オノ、お道具、を供え、社(やしろ)の前で懐からオコゼをチラリと覗かせて大笑いするのだ。

オコゼを見せて大笑い









 ちなみにお道具とは、男性のシンボルである。先端に上目づかいの顔が描かれていて、これが笑える。山の神は女性だそうだから、思わず吹き出すに違いない。
 
    今年もきっと豊年だ。

(写真・紀勢新聞社)