■ 俳枕 江戸から東京へ(199)
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■ 尾鷲歳時記(196)
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2014年10月26日日曜日
俳枕 江戸から東京へ(199)
谷中(その8)
文:山尾かづひろ
都区次(とくじ): 前回は谷中の瑞松院でしたが、今回はどこですか?
谷中寺町三叉路五叉路柿の秋 畑中あや子
江戸璃(えどり): 今回も大矢白星師が8月のお盆休みに谷中を歩いた分のトレースの続きなのよ。というわけで谷中の臨江寺へ行くわよ。臨江寺は臨済宗大徳寺派の寺院で、圭山宗撲が寛永7年(1630)頃下谷池之端に臨江庵として創建、延宝9年(1681)当地へ移転したそうよ。臨江寺には幕末の勤王家である蒲生君平の墓があって、国史跡に指定されているのよ。君平は幼児期から学問に励み、昌平黌で学んだ鹿沼の儒学者鈴木石橋の麗澤舎に入塾。水戸藩の勤王の志士藤田幽谷の影響を受けて、曲亭馬琴、本居宣長ら多くの人物の知己となってね。京都では歌人小沢蘆庵の邸に滞在して、天皇陵を研究。佐渡島の順徳天皇陵までの歴代天皇陵を旅したのよ。伊勢松坂の本居宣長を訪れ、大いに激励を受けてね。調査の旅から帰郷した後は、江戸駒込で享和元年(1801)『山陵志』を完成したのね。その中で古墳の形状を「前方後円」と表記し、そこから前方後円墳の言葉ができたわけ。その後は江戸に住み、大学頭林述斎に文教振興を建議しているわね。構想していた9志のうち借金で『山陵志』『職官志』まで出版したけれど、文化10年(1813)病に伏し赤痢を併発して46歳で病没。明治2年(1869)その功績を賞され、明治天皇の勅命の下で宇都宮藩知事戸田忠友により勅旌碑が建て、さらに明治14年(1881)5月には正四位が贈位されてね。その他、宇都宮市の蒲生神社に祭神として祀られているのよ。
点景の人動きたり花芒 長屋璃子
いくらでも広き空ある花芒 山尾かづひろ
文:山尾かづひろ
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臨江寺本堂 |
都区次(とくじ): 前回は谷中の瑞松院でしたが、今回はどこですか?
谷中寺町三叉路五叉路柿の秋 畑中あや子
江戸璃(えどり): 今回も大矢白星師が8月のお盆休みに谷中を歩いた分のトレースの続きなのよ。というわけで谷中の臨江寺へ行くわよ。臨江寺は臨済宗大徳寺派の寺院で、圭山宗撲が寛永7年(1630)頃下谷池之端に臨江庵として創建、延宝9年(1681)当地へ移転したそうよ。臨江寺には幕末の勤王家である蒲生君平の墓があって、国史跡に指定されているのよ。君平は幼児期から学問に励み、昌平黌で学んだ鹿沼の儒学者鈴木石橋の麗澤舎に入塾。水戸藩の勤王の志士藤田幽谷の影響を受けて、曲亭馬琴、本居宣長ら多くの人物の知己となってね。京都では歌人小沢蘆庵の邸に滞在して、天皇陵を研究。佐渡島の順徳天皇陵までの歴代天皇陵を旅したのよ。伊勢松坂の本居宣長を訪れ、大いに激励を受けてね。調査の旅から帰郷した後は、江戸駒込で享和元年(1801)『山陵志』を完成したのね。その中で古墳の形状を「前方後円」と表記し、そこから前方後円墳の言葉ができたわけ。その後は江戸に住み、大学頭林述斎に文教振興を建議しているわね。構想していた9志のうち借金で『山陵志』『職官志』まで出版したけれど、文化10年(1813)病に伏し赤痢を併発して46歳で病没。明治2年(1869)その功績を賞され、明治天皇の勅命の下で宇都宮藩知事戸田忠友により勅旌碑が建て、さらに明治14年(1881)5月には正四位が贈位されてね。その他、宇都宮市の蒲生神社に祭神として祀られているのよ。
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蒲生君平の墓 |
点景の人動きたり花芒 長屋璃子
いくらでも広き空ある花芒 山尾かづひろ
尾鷲歳時記(196)
新刊が届いて
内山思考
ゆるやかに垂れゆく時間林檎むく 思考
ヤマネ博士の湊秋作先生から新しい著書が届いた。経団連出版の「企業が伝える生物多様性の恵み」がそれだ。(環境教育の実践と可能性)の副題がついていて、湊先生と、自然保護、環境教育の2人の専門家による共著である。タイトルが示すように内容は、学校や企業向けの「環境教育手引き書」ということらしい。実は今までの湊先生の著書は、子供でも親しめるイラストいっぱいの本が多かったので、今回もそんなイメージを抱いていた僕には正直意外だった。
咳払いをして真顔で恐る恐る読み始める(ちょっとオーバーか)「実践編」「企業編」は一流企業の自然に対するさまざまな取り組みや、その進め方が記されていて、「営利事業」イコール「自然破壊」はわれわれの一方的な偏見なのかと思う。「基礎編」を読んで湊先生の筆だなと気づいた。一言づつゆっくり語って聞かせるような明快な文章、その間に「海は森の恋人」「自然は子供の先生」など印象深いキャッチフレーズが登場する。
これだこれだ。僕が昨年の正月、四十何年ぶりの高校同窓会で彼に興味を持ったのも、会場のほとんどが久闊を癒やす方に気を取られて賑わう中、ヤマネのスライドを説明する姿に人柄がにじみ出ていたからだ。「きっとこの人は充実した人生を送っている」その感覚が間違いでないことを、後に送ってもらった数冊の著書で確信した。まさに「文は体をあらわす」わけで、僕の知るところでは和田悟朗さんもその典型である。和田さんの著した化学の専門書など、あの和田さんが書いていると思うだけで、実際に講義を受けている気持ちになってくるから不思議である。
じゃあ専門的な内容が全て理解出来るのか、と問われれば「否」と言うしか無いが、それはこちらの素材がお粗末なだけのことでさほど問題ではない。難解な部分があったにしても何かの折にふと手に取りたくなる「メンタル・ハーブ」とも言うべき一冊、今回それが新たに座右に加えられたのは嬉しいことである。
内山思考
ゆるやかに垂れゆく時間林檎むく 思考
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カバーデザインが 楽しい新刊 |
ヤマネ博士の湊秋作先生から新しい著書が届いた。経団連出版の「企業が伝える生物多様性の恵み」がそれだ。(環境教育の実践と可能性)の副題がついていて、湊先生と、自然保護、環境教育の2人の専門家による共著である。タイトルが示すように内容は、学校や企業向けの「環境教育手引き書」ということらしい。実は今までの湊先生の著書は、子供でも親しめるイラストいっぱいの本が多かったので、今回もそんなイメージを抱いていた僕には正直意外だった。
咳払いをして真顔で恐る恐る読み始める(ちょっとオーバーか)「実践編」「企業編」は一流企業の自然に対するさまざまな取り組みや、その進め方が記されていて、「営利事業」イコール「自然破壊」はわれわれの一方的な偏見なのかと思う。「基礎編」を読んで湊先生の筆だなと気づいた。一言づつゆっくり語って聞かせるような明快な文章、その間に「海は森の恋人」「自然は子供の先生」など印象深いキャッチフレーズが登場する。
これだこれだ。僕が昨年の正月、四十何年ぶりの高校同窓会で彼に興味を持ったのも、会場のほとんどが久闊を癒やす方に気を取られて賑わう中、ヤマネのスライドを説明する姿に人柄がにじみ出ていたからだ。「きっとこの人は充実した人生を送っている」その感覚が間違いでないことを、後に送ってもらった数冊の著書で確信した。まさに「文は体をあらわす」わけで、僕の知るところでは和田悟朗さんもその典型である。和田さんの著した化学の専門書など、あの和田さんが書いていると思うだけで、実際に講義を受けている気持ちになってくるから不思議である。
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僕と湊くん中学も一緒、 那智中卒業アルバム |
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