2015年3月22日日曜日

2015年3月22日の目次

■ 俳枕 江戸から東京へ(220)
       山尾かづひろ  読む

■ 
尾鷲歳時記(217)
       内山 思考    読む

俳枕 江戸から東京へ(220)

湯島界隈(その4)
文:山尾かづひろ 


湯島天神









江戸璃(えどり):早いもので、昨日は春分の日だったわよね。

昼と夜の重なってゆく白木蓮 長井 寛

都区次(とくじ):前回までは(その1)不忍池・(その2)無縁坂から(その3)麟祥院でした。今回はどこへ案内してくれますか?

無縁坂連れ立ち梅の湯島へと 小川智子

江戸璃:先月は大矢白星師に不忍池を起点に湯島界隈を案内してもらってね、今回はそのコースをトレースするということで、4番目の湯島天神へ行くわよ。麟祥院前の春日通を左へ行けば湯島天神入口の信号の下に出るけれど、それを通り過ぎてもう少し先の湯島切通坂へ行くわよ。

春光や啄木通ひし坂今も 梅山勇吉

江戸璃:石川啄木の話をしたいと思うのよ。明治40年ころ啄木は東京朝日新聞の校正係の職に就いていてね、朝日新聞社の夜勤を終えて銀座から上野広小路まで最終の市電に乗ってたどり着くのだけれど、乗り換えの市電はとうに終わっちゃっているのよ。当時の東京なんていうのは深夜1時近くともなれば今から想像もできないほど暗かったと思うわよ。啄木は上野広小路・天神下からの坂道を素足に下駄、古びた絣の着物に袴をはいて、左は湯島天神と右は岩崎家の御屋敷の塀に挟まれた真暗な湯島切通しの電車通りの坂道を本郷の喜之床の下宿まで歩いて行ったのよ。啄木が深夜に歩いた切通坂には、こんな夜勤を詠んだ歌碑が建てられているのよ。

「二晩おきに、夜の一時頃に切通の坂を上りしもーー
勤めなればかな。(『悲しき玩具』より)

江戸璃:戻って、湯島天神正面の青銅の鳥居から中に入るわよ。湯島天神は古来より江戸・東京の代表的な天満宮で、学問の神様として知られる菅原道真を祀っているため受験シーズンには多数の受験生が合格祈願に訪れるのよ。

梅の宮小山のやうな絵馬の嵩 尾村富子

江戸璃:湯島天神は新派「婦系図(おんなけいず)」の場面でも有名よね。

婦系図のガス灯今に梅白し 吉田ゆり

都区次:ナレーションを添えて名セリフを再現してくれませんか?
江戸璃:感激!私でよければ、やってあげるわよ!

青白いガス灯、清らかな白梅
   「お蔦、何も言わずに俺と別れてくれ」
   「切れるの別れるのって、そんなことは、芸者の時に
    うことよ。今の私には死ねといって下さい」  
我ながらグーの出来よ!


湯島天神のガス灯










霾や絵馬に数多の願ひごと  長屋璃子
絵馬鳴って紅白梅の香を競ふ 山尾かづひろ

尾鷲歳時記(217)

春や春
内山思考 

春の山どこを押しても経穴(ツボ)なりけり  思考

この一枚にもウグイスの声が








我が家の二階の物干しルームは南向きで、正面右の間近に寺山が迫り、左側の三分の一ほどが尾鷲港方面へ空間を開けている。海は見えないが毎年八月第一土曜の港祭りの夜は、誰にも邪魔されず打ち上げ花火を存分に満喫する事が出来る。直線距離にして1キロあるかないか、隣の熊野市の大花火に比べて規模はかなり小さいけれど、それでも尺玉が空いっぱいに咲き広がった時などは、ドシンという地響きと共にビリビリと家鳴りがして思わず感嘆の声を発してしまう。恵子は必ず手を叩く。

まあそんな場所に住んでいるから、四季の風も色も音もいち早く感じ取れるわけで、2、3日前、いつものように洗濯物を干していると、「ホーホケキョ」と心地良い鳴き声が聞こえて来た。ああウグイスやなあ、「ホーホケキョ」、もうそんな時期になったんや、「ホーホケキョ」「ホーホケキョ」、春やなあ、「ホケキョーケキョ」。毎朝氷が張る訳でもなく、雪国に比べれば大人しい冬かも知れないけれど冬は冬、春を待つ気持ちはたぶん全国共通だろう。

日々に光量が多くなり、木々や野の草の芽吹く香が漂い始めると、思考の芯もほぐれるというもの。そこへ春告げ鳥の美声の独り占めと来たらもう贅沢この上ない話である。しばらくウットリしてから階下におりて縁側のガラス戸を開けると、今度は猫の額級の狭庭の沈丁花が、こちらは如何とばかりに芳香の大奮発で嗅覚を刺激、その間も天上からは「ホーホケキョ」のエンドレス、生きている楽しみは物欲性欲数々あれど、こんなひとときもなかなかどうして捨てがたいものである。

右に牡丹、
奥に沈丁花
視線を移せば、こないだまで茶色い棒のようだった牡丹の幹にもモヤモヤと芽が萌えて、そのひとところに固まって見える部分がある。「もしや」 下駄を突っかけて近づき鼻息も荒く凝視すると、嬉しやな牡丹のツボミではないか。恵子も今年は牡丹に会えるなと微笑めばまたまた空から「ホーホケキョ」。