2012年9月9日日曜日

2012年9月9日の目次

■ 俳枕 江戸から東京へ(88)
       山尾かづひろ  読む

■ 尾鷲歳時記(85)
       内山 思考   読む

■ 私のジャズ(88)        
       松澤 龍一   読む

俳枕 江戸から東京へ(88)

三田線に沿って(その3)小石川植物園
文:山尾かづひろ

研究棟


 







都区次(とくじ): 前回の小石川後楽園は水戸黄門にゆかりのある場所でしたが、そのようなテレビ・映画の時代劇に関係のある場所へ行ってみたいですね。
江戸璃(えどり):それでは「赤ひげ物語」に関係のある小石川植物園(正式には東京大学付属小石川植物園)へ行くわよ。水道橋から白山へ行くから、また三田線に乗ってちょうだいね。小石川植物園は元々は徳川幕府の別邸だった白山御殿があった場所を、八代将軍の徳川吉宗が小石川御薬園という広大な薬園としたのよ。

ぶら下がる薬園隅の烏瓜 大森久実

都区次: 「赤ひげ」との関係はどうなのですか?
江戸璃: 薬園内に享保7年(1722)町医師・小川笙船(おがわしょうせん)の意見によって幕府が開設した貧民救済のための小石川養生所があってね。「赤ひげ」はここを舞台にした物語なのよ。今でも養生所の井戸跡が残されているわよ。

薬園下の庭園









秋日さす林間時に明るくて 長屋璃子(ながやるりこ)
薬園の矢来はみだす実山椒 山尾かづひろ 

尾鷲歳時記(85)

竜と虎
内山思考

ものの怪や台風の眼の瞬かず  思考

雲竜図の絵ハガキ、誰に出そうか








「竜が見たい」と妻が言い出した。 別に気が触れたわけでなく、名古屋ボストン美術館で開催中の「日本美術の至宝」展を鑑賞しに行こう、と言うのである。そこに江戸中期の日本画家、曾我蕭白(しょうはく)の最高傑作と言われる「雲竜図」が展示されているのだそうだ。「ああ、あれか」と思った。

上目使いで少し困ったような顔をした竜である。 かなり有名な作品だ。それ以外にも「吉備大臣入唐絵巻」や「平治物語絵巻」などめったに見られない逸品が揃っているらしい。吉備大臣とは奈良時代の偉人「吉備眞備(きびのまきび)」のこと 「晩緑の道はわびさび吉備眞備・悟朗」の句を微笑と共に思い出す。

さてその日、実は妻の定期診察のついでなので、それを終えてから美術館に向かった。尾鷲ー名古屋間は高速道を使っても三時間近い小旅行、そうそう気軽に芸術鑑賞と言うわけにも行かないのである。目的地は病院から10分ほど走ったところで、会場に入ると、さすがに「雲竜図」の前は人が沢山いた。

そこには長いソファーが置かれてあって、素晴らしい大作を存分に眺めることが出来る。観る側の照明は落としてあり、ライトアップされた巨大な竜が身をくねらせてこちらを睥睨する様は圧巻だ。宝暦13(1763)年、つまり250年前の蕭白の筆使い、息遣いがそのまま残っていて、まったく見事と言うほかはなく、まさに「至宝」の名に恥じぬ代物であった。

竜と虎
ところで、竜と言えば数年前、バイト先の炭焼窯の土間で弁当を食べていた時のこと。目の前の丸太の柱をなんとなしに見ていて、ふとある部分に視線が釘付けになった。ミミズが這ったような虫食いの跡が竜と虎の形にそっくりなのである。僕は思わず叫んだ。「凄い、竜虎相打つ…や!」左(柱の上方)の竜は今にも飛びかかりそうに立てた鎌首を後ろに引き、対する右の虎は頭を低くして、こちらも臨戦態勢である。明くる日、僕は新聞社に連絡して取材に来て貰った。親方は、そんなものが記事になるのか?と半信半疑の様子だったが、数日後「自然の造形、相打つ竜虎」の見出しが地方紙を飾った。

私のジャズ(88)

ミルドレッド・ベイリー
松澤 龍一

MILDRED BAILEY The ROCKIN' CHAIR Lady
 (DECCA MVCM-265)













一時好きだった女性歌手の一人である。ミルドレッド・ベイリー、ROCKIN’ CHAIRと言う曲がヒットして、ROCKIN’ CHAIR LADY などと呼ばれていた。白人に見えるが真正のアングロサクソンでは無い。インディアンの血が混じっている。写真をみるとふくよかで、思わず京塚昌子を連想してしまう。肝っ玉母さんかと言うとそうでもない。歌を聴くとすぐに分かる。

高音の細やかなビブラートを聴くと実に繊細な神経の持ち主であることが分かる。ショービジネスで大成功を収めた歌手かと言うと、そうでもない。どちらかと言うと不遇のまま44歳の生涯を閉じてしまった。

ビリー・ホリデイがもっとも影響を受けた歌手がミルドレッド・ベイリーと言われている。高音部のビブラートを聴くと、なるほどと思ってしまう。ミルドレッド・ベイリーの影響下にビリー・ホリデイが生まれたことを聞くと、どうしても笠置シズ子と美空ひばりの関係に思いが及ぶ。どちらも知名度の点からすると後塵を排したビリー・ホリデイや美空ひばりに軍配が挙がってしまうが。

彼女の唄うセントルイスブルースを聴いてみよう。なんとも愛くるしいブルースである。途中で出るスキャットも魅力的だ。こんなに女性の可愛らしさを前面に出して唄う歌手は余りいない。映像で時々出るハンサムな男性は彼女の旦那で、レッド・ノーボと言うザイロフォン(木琴)奏者である。