2012年9月9日日曜日

尾鷲歳時記(85)

竜と虎
内山思考

ものの怪や台風の眼の瞬かず  思考

雲竜図の絵ハガキ、誰に出そうか








「竜が見たい」と妻が言い出した。 別に気が触れたわけでなく、名古屋ボストン美術館で開催中の「日本美術の至宝」展を鑑賞しに行こう、と言うのである。そこに江戸中期の日本画家、曾我蕭白(しょうはく)の最高傑作と言われる「雲竜図」が展示されているのだそうだ。「ああ、あれか」と思った。

上目使いで少し困ったような顔をした竜である。 かなり有名な作品だ。それ以外にも「吉備大臣入唐絵巻」や「平治物語絵巻」などめったに見られない逸品が揃っているらしい。吉備大臣とは奈良時代の偉人「吉備眞備(きびのまきび)」のこと 「晩緑の道はわびさび吉備眞備・悟朗」の句を微笑と共に思い出す。

さてその日、実は妻の定期診察のついでなので、それを終えてから美術館に向かった。尾鷲ー名古屋間は高速道を使っても三時間近い小旅行、そうそう気軽に芸術鑑賞と言うわけにも行かないのである。目的地は病院から10分ほど走ったところで、会場に入ると、さすがに「雲竜図」の前は人が沢山いた。

そこには長いソファーが置かれてあって、素晴らしい大作を存分に眺めることが出来る。観る側の照明は落としてあり、ライトアップされた巨大な竜が身をくねらせてこちらを睥睨する様は圧巻だ。宝暦13(1763)年、つまり250年前の蕭白の筆使い、息遣いがそのまま残っていて、まったく見事と言うほかはなく、まさに「至宝」の名に恥じぬ代物であった。

竜と虎
ところで、竜と言えば数年前、バイト先の炭焼窯の土間で弁当を食べていた時のこと。目の前の丸太の柱をなんとなしに見ていて、ふとある部分に視線が釘付けになった。ミミズが這ったような虫食いの跡が竜と虎の形にそっくりなのである。僕は思わず叫んだ。「凄い、竜虎相打つ…や!」左(柱の上方)の竜は今にも飛びかかりそうに立てた鎌首を後ろに引き、対する右の虎は頭を低くして、こちらも臨戦態勢である。明くる日、僕は新聞社に連絡して取材に来て貰った。親方は、そんなものが記事になるのか?と半信半疑の様子だったが、数日後「自然の造形、相打つ竜虎」の見出しが地方紙を飾った。