2012年1月15日日曜日

2012年1月15日の目次

■ 俳枕 江戸から東京へ(54)
        山尾かづひろ 読む

■ 尾鷲歳時記(51)                          
        内山  思考  読む

■ 私のジャズ(54)          
        松澤 龍一  読む

俳枕 江戸から東京へ(54)

隅田川東岸/長命寺 
文:山尾かづひろ 

長命寺














都区次(とくじ): 弘福寺の次は弁財天の長命寺へ行きましょう。北側に隣接している寺が長命寺だそうですね。それにしても「長命寺」とは意味の分りやすい寺号ですね。由来は何ですか?
江戸璃(えどり):長命寺の創建年代は不詳だけど、宝樹山遍照院と号すのよ。寛永年間に三代将軍家光が鷹狩りを行った際、急に病を催し、ここで休息をとり、境内の井戸水で薬を服用したところ、たちまち快癒したので、長命水の名を捧げられると共に、長命寺と呼ばれるようになったそうよ。この寺は風流寺とも言われるだけあって色々の碑があるけれど、本堂前の「いざさらば雪見にころぶ所まで」の芭蕉句碑は有名よね。
都区次: すこし疲れましたね。休憩しましょう。
江戸璃: それでは墨堤通りで長命寺の門前の桜餅屋の桜餅を食べながら隅田川を見てみましょう。

手廂の庇ひきれざる寒の晴  戸田喜久子

隅田川の流れが眼に飛び込んで来るわね。隅田川と言えば在原業平(ありわらのなりひら)の「名にし負はば いざ言問はむ都鳥 わが思ふ人は ありやなしやと」の和歌を思い出すわね。都鳥は現在でも群飛んでいて、隅田川には欠かせない風物詩よね。

業平の世より千年都鳥  大矢白星

都区次: ところで、この桜餅は歴史がありそうですね。
江戸璃:この店の桜餅は「長命寺桜もち」として、創業者の山本新六が享保二年(1717)大岡越前守忠相が町奉行になった年に土手の桜の葉を樽の中に塩漬けにして試みに桜もちというものを考案し、向島の名跡・長命寺の門前にて売り始めたそうよ。 その頃より桜の名所だった隅田堤(墨堤通り)は花見時には多くの人々が集い桜餅が大いに喜ばれたそうよ。 これが江戸に於ける桜餅の始まりだそうよ。

長命水













隣合ふ名刹訪ね小正月 長屋璃子(ながやるりこ)
都鳥つばさの裏を光らせて 山尾かづひろ

尾鷲歳時記(51)

寒の一日
内山思考

水桶に龍が棲むなり薄氷 思考 

水餅
杵と臼で搗いてある












今朝はよく冷え込んだ。 いつもなら思考、娘、息子、妻の順番で仕事に出掛けるのだが、今日は僕の予定が無いので、他の三人がそれぞれに湯を入れたペットボトルを持って出て行った。 湯を何に使うかと言うと、凍った車のフロントガラスにそれをかけて氷を溶かさないと前が見えないのだ。朝、洗濯機のスイッチを入れるのは妻の役目で、干したり取り入れたりするのは僕の仕事。それはまだ後のことなので、ここからは一応、自分の時間である。

まずストーブで暖めておいた部屋に入り、ゆっくり新聞を読む。基本的に朝食は食べない。水か薄いコーヒーを飲む程度である。夕食より朝食重視、など諸説あるようだが、要は、本人の調子が良ければそれでいいのではなかろうか。人間の体はそれほどヤワではない、と僕は考えている。

規則正しいほうが生活パターンが決めやすいだけで、別に、腹が減った時に満腹にしておく、という動物スタイルでもオーケーなような気がする。ただし、誰にもそれは強制しない。 昼まで新聞小説「怪談屋妖子」を書く。いつの間にか主人公に情が移って、別れたくない気持ちになったが、そうも言っていられず、最終的なストーリーをどうするか今、悩んでいるところである。

昼食は、水餅三種(白、蓬、栃)を焼いて熱い茶で。これは正月、十津川の従兄に貰ったものが少し黴びて来たので、水に浸けて置いたのだ。栃餅は、灰汁だしにかなりの手間がかかるため、貴重な食べ物だ。幼い頃、祖父がこの餅を好み、「お前たち(孫)にこの味はわからん」といって、なかなか食べさせてくれなかった。確かに大人向きの風味かも知れない。
そまがつお
片身は白焼き、一方は溜まり漬けに
午後、隣のハルオ(同名)さんから電話があり、「ハルオさんか?ワシ、となりのハルオやけど」「あ、ハルオさん」「そま食わんかい?」そま、とは「宗太鰹(そうだがつお)」のことである。夕食のおかずが出来た、と僕は下駄をカラコロ鳴らしながら喜んで取りに行った。

私のジャズ(54)

ビックT
松澤 龍一

JACK TEAGARDEN THINK WELL OF ME
 (Verve V6-8465)










歌を聴くと何だと思う。何だこの酔っ払いのおじさんはと思う。呂律も回らない、言語不明瞭な歌なのである。この人、ジャック・ティーガーデンと言って「トロンボーンの父」と称されるとても偉いトロンボーン奏者なのである。

ジャズ発生当時から、トロンボーンと言う楽器は使われていた。キッド・オリーと言う有名なトロンボーン奏者がいた。この当時の奏法はテイルゲート奏法と言われている。馬車などの乗り物でバンドが演奏しながら行進する時に、トロンボーンのスライドする管が長いため、いつもお尻の方に乗って、乗り物から突き出すように管を動かしていたことに由来する名前である。その頃、トロンボーンはあまり花形の楽器ではなく、トランペットやクラリネットの伴奏あるいは単なる味付けに使われいたに過ぎない。

ジャック・ティーガーデンは、トロンボーンで本格的なソロを取り、トロンボーンをジャズの楽器として位置づけた最初の人と言われている。それが「トロンボーンの父」の由来だろう。でも、彼のトロンボーンの演奏をいくら聴いてもピンと来ない。やはり、トロンボーンはビ・バップ後のJ.J.ジョンソンの出現をもって、楽器として本当の存在感を得たように思える。

トロンボーンはう~んだが、歌はなかなか良い。歌から酒が漂う。一気飲みしたバーボンのストレート数杯が匂う(ちなみにジャック・ティーガーデンはテキサスの生まれ)。この酔っ払い唱法はディーン・マーチンに引き継がれていると思うのだが。

では、アメリカご当地ソングの名曲「星降るアラバマ」を聴いてみよう。