2012年6月10日日曜日

2011年6月10日の目次

■ 俳枕 江戸から東京へ(75)
        山尾かづひろ 読む

■ 尾鷲歳時記(72)
        内山 思考  読む

■ 私のジャズ(75)        
        松澤 龍一  読む

俳枕 江戸から東京へ(75)

田町駅西口(その1)
文:山尾かづひろ

 
慶応三田キャンパス









都区次(とくじ): 今日の6月10日は暦の上で入梅ですね。今回は三田の最寄駅の田町駅周辺を歩いてみましょう。
江戸璃(えどり): JR田町駅の西口を出たら目の前の第一京浜(国道15号)を渡って真っ直ぐな細い道に入るわよ。この道は「慶応仲通り」と言って慶応大学のある桜田通りへ抜けられるのよ。「慶応通り振興会」という商店会の看板があるからすぐに分るわよ。突当たりを右へ曲ると路地脇に小さな植込みがあって「水野監物(みずのけんもつ)中屋敷跡」と立札が見えるわね。
都区次: 三河国岡崎藩主水野氏の中屋敷跡ですか?
江戸璃: 現在は石灯籠しか残っていないけれど、吉良邸に討ち入った赤穂浪士の内の9名が幕府の沙汰を待つためにお預けになってね。結果として元禄16年2月4日(1703年3月20日)この屋敷で切腹したのよ。
都区次: 「慶応仲通り」には慶応大学の学生相手の店が多いのですか?
江戸璃: 昔は食堂や制服テーラーが多くあったけれど、キャンパスが分散化したのか様相が変わって、付近のサラリーマン相手の酒場が多くなっちゃったわね。今は制服テーラーも一軒しか残ってないわよ。

慶応仲通り













義士九人ここに果てたり梅雨兆す 長屋璃子(ながやるりこ)
慶応の制服テーラー梅雨に入る 山尾かづひろ

尾鷲歳時記(72)

紫陽花(オタクサ)
内山思考


鬼の汗こたびは伎芸天に惚れ  思考


玄関を開けるとこの風景










 

AKB48の人気順位を決める総選挙が行われた。 例の大人気のアイドルグループである。 NHKの夜のニュースで取り上げるぐらいだからもはや社会現象といっていい。 たいして急ぐ用事もなし、開票結果を知らせるテレビの生中継を見ていた。もっともその番組だけでなく、例によってリモコンを離さず、チャンネルをあっちこっちへ変えながらの観賞である。いい年をしてというなかれ、一応は世の中の情報をチェックしているつもりなのだから。周知のごとく、AKBはアキバつまり東京秋葉原のこと、その他SKEは名古屋のサカエ、NMBは大阪難波、HKTは九州博多と各地に姉妹グループがあってそれぞれが地方で活躍している。

この斬新なシステムの仕掛け人は作詞家で芸能プロデューサーの秋元康さんだ。一人のアイドルの場合、やはり好みがあってファンも分散してしまうが、グループの、例えば懐かしいキャンディーズだとランちゃんスーちゃんそしてミキちゃんの三人分のファンがついて来るというわけで、AKBにいたっては数十人単位の選択肢があるのだから、営業方法としてはまさに最強と言える。

しかし悲しいかな、おじさんには画面に登場する女の子の顔が皆さん同じに見えてしまうのだ。ハハハ。「父は誰が好きなん?」 何か取りに来たむすめが僕に聞いた。「前田敦子かな」「私も」親子同意見でなんだか嬉しい父である。昨年一位だった彼女はしかし、今回は立候補を辞退したからランク外で、結局、予想通り大島優子が11万票近くを獲得してトップになった。

義従兄の自慢の
額アジサイ
僕はいつもこういう華やかな舞台の裏にはやはりいろんな苦労があるのだろうな、と考えてしまう悪い癖がある。あれだけのメンバーがいれば派閥も出来、嫉妬もあろう。それを見せないで笑顔で歌い踊る彼女たちはきっと可愛いばかりでなく、精神的な逞しさを持っている強い女性に違いない。今が人生のピークでないことを祈るばかりである。僕はふと町のそこここに咲く紫陽花に彼女達の姿を重ね合わせていた。


紫陽花(オタクサ)のやたらに咲くはかなしけれ  和田悟朗

私のジャズ(75)

チック・コリア
松澤 龍一

 chick corea - return to forever
 (ECM UCCU-5008)












前回紹介したキース・ジャレットとほぼ同じころに登場したピアニストにチック・コリアがいる。プエルトリコ人で、アート・ブレイキーに見出された。二人ともバッド・パウエルから繋がる、いわゆるハード・バップのピアニストの系列から外れたプレーヤーである。ビル・エバンスがちょっと飽きられたころ、颯爽とジャズ・シーンに現れ、随分と注目をされた。当時、スタン・ゲッツがリリースしたニュー・アルバムの Sweet Rain でチック・コリアがピアニストで参加している。スタン・ゲッツよりも、このプエルトリコから来た新人のピアニストに注目が集まったのは言うまでもない。

確か、チック・コリアのレコードは数枚あったと思っていたが、捜しても今のレコード棚に無い。恐らくは仕分けされてしまったのだろう。仕方ないので、家の前にある図書館に行ってCDを数枚借りて来た。上掲のCDはその中の一枚で、アルバムの写真(当時はレコード・ジャケット)がジャズぽくなくて目を引いた。中味の演奏はひどい。最後まで聴き通すにはかなりの忍耐がいる。こんなムード・ミュージックがジャズと言うジャンルの括りに入っていることが情けない。マウントバーニーを聴いた方が遙かにましだ。録音は1972年とそんなに新しくは無い。そんな昔に、今のスムース・ジャズなどと称する訳の分からない音楽の下地があったとは驚きである。

以前レコードで所有していた NOW HE SINGS, NOW HE SOBS 、チック・コリアの名盤である。このアルバム辺りでチック・コリアのジャズ・プレーヤーとしての資質は燃え尽きたのだろう。共演しているドラマーが、ちょっと話題になった。このドラムを聴けば、恐らくト二―・ウィリアムスかジョ―・チェンバース辺りを想像するが、なんとこれがロイ・ヘインズと知ってびっくり。最も正統派のドラマーの系列に繋がるロイ・ヘインズがト二―・ウィリアムスの真似かよと思ったが、ロイ・ヘインズからすれば、「若者よ、君等の新しいドラミングなど、ほらこの通り、お茶の子サイサイだよ」とでも言いたいのだろう。