2011年8月28日日曜日

2011年8月28日の目次

俳枕 江戸から東京へ(34)
             山尾かづひろ   読む
尾鷲歳時記 (31)                          
                   内山  思考    読む

私のジャズ (34)          
                  松澤 龍一     読む

俳枕 江戸から東京へ(34)

深川界隈/深川不動堂
文 : 山尾かづひろ    挿絵 : 矢野さとし 

 
深川不動堂














都区次(とくじ): 次は深川不動へ行ってみましょう。深川不動は成田山新勝寺の東京別院ということですが、前回の富岡八幡宮の別当寺の永代寺との関係はどのようなものですか?
江戸璃(えどり): 永代寺は神仏混淆による富岡八幡宮の神宮寺でね、成田山は元禄16年(1703)以来「出開帳」をその永代寺で行っていたのよ。明治維新の神仏分離令で永代寺が廃寺になると、跡地に独立の不動堂をとの声が成田山の信者の間からおこり明治14年6月1日に一堂を建立して東京別院としたのよ。本尊は成田山新勝寺の不動尊と同身一体だ。ということで「お膝元だけあって、深川のお不動さんの方が御利益がありそうだ」と成田付近のものまで参詣にくるようになって、今のように大発展しちゃったのよね。
都区次: それにしても凄い人ですね。
江戸璃: 最近は金運上昇のパワースポットと噂されているから、尚更よね。

不動尊露座仏







 


寒鴉不動の目玉恐れざる  長屋璃子(ながやるりこ)
ほら貝に始まる御護摩寒最中  山尾かづひろ

尾鷲歳時記 (31)

紀勢新聞と僕 
内山思考

人情の時計を秋に合わすなり 思考

記者たちは取材で留守、
右端が長野さん












ブログに載せたいので写真を一枚、とお願いしたら、「 いいですよ、全員いませんが」と紀勢新聞社代表取締役・長野次宏さんがこころよく応じて下さった。 昭和22年、紀勢新報として創刊された同紙は、昭和24年紀勢新聞と名を変え、尾鷲を中心とした地域の情報を記事として現在に至っている。一枚二面の地方紙だが、関東から沖縄まで購読者は多い。

初代の林襄さん、二代目の林秀真さんの後を受けて平成21年にトップになった長野さんは、穏やかな外見に似合わず、一本、筋の通った人物でジャーナリストとしての筆も鋭い。 数名の記者を含むスタッフの方々も好人物ばかりで、例えばベテランの浦峰男さんは、僕と同じ奈良県十津川村出身で誕生日も同じ2月11日。早寝早起きで実践する菜園技術は余技の域をこえていると評判だ。

僕が紀勢新聞にエッセイ「内山思考の四季即是句(しきそくぜくう)」を掲載しはじめたのが昭和63年8月のこと。今、読み返してみるととても照れくさい。思えば30代だったのだ。「大波をかわして沖へ泳ぎ出す」とか「生者にも死者にも会いて墓参」などの句が見える。四季即是句はこの春180回になった。
最初に新聞を配達する干物屋さん、
気さくに声をかけてくれる

当時「内山思考とはどんな年寄りかと思ったらお前さんか、頑張りなさいよ」 と林襄さんに声を掛けて頂いたのも懐かしい思い出である。 専用の原稿用紙が無くなったので、新聞社に取りに行った時、どれぐらいいりますか、と問われて口ごもっていたら、「オイ、沢山やってくれ」と奥の方から林秀真さんの大声が飛んで来たことも忘れられない。 ビックリしたが、もっと書いてもいいんだよ、と励まされたようで嬉しさがこみ上げて来たものだ。 それから20数年、今、僕はバイトで紀勢新聞の配達をしている。夕方刷り上がってすぐ、市内の80軒ほどをバイクで回るのだ。この一時間が結構楽しいのである。

私のジャズ (34)

最初の白人ジャズプレーヤー
松澤 龍一


BIX & TRAM - 1927
(EMI RECORDS PMC7064)












ビックス・バイダーベック、最初の白人のジャズプレーヤーと言われているコルネット奏者である。ニューオリンズの紅燈街が閉鎖され、そこで発生した、後にジャズと呼ばれる音楽は、そこで活躍した多くの黒人プレーヤーとともに、ミシシッピーを北上し、シカゴ、デトロイトに、そしてニューヨークに根を下ろした。北部の若者たちの中にも、この南部から来た奇妙な音楽に惹かれるものも出てきた。いくにんかの若い白人が見よう見まねで黒人たちの真似をし始めた。

その中で、ビックス・バイダーベックだけは異彩を放っていた。単なる黒人の真似で無く、彼自身の個性がその演奏の隅々に光る。中低音を活かした、どこかくすんだ音色、滑らかなフレージング、どことなく漂う都会的なセンス、明かに、ルイ・アームストロングとは違う。1920年代のことである。


このレコードで、一緒に演奏しているのは、フランキ-・トラムバウアー、ビックスの盟友である。演奏している楽器はCメロディーサックスと呼ばれる聞き慣れないもの。アルトとテナーの中間のサックスで1920年代に大いに流行った楽器である。当時、家庭でピアノに合わせて吹かれていたと言う。一家に一台の℃メロディーサックスがあったとも言われる。何とも古風な演奏だが、妙に快い。

フランキ-・トラムバウアーのサックスやビックスのコルネットを聴いていると、やはり、10年近く後に現れるレスター・ヤングに思いがゆく。レスターからモダンジャズの黎明、ビバップのパーカーにたどり着き、1950年代のモダンジャズ全盛へと展開する。モダンジャズの源泉はビックス・バイダーベックなのかも知れない。そう思って聴くとビックスがマイルスに聞こえてくるから不思議だ。