2015年3月8日日曜日

2015年3月8日の目次

■ 俳枕 江戸から東京へ(218)
       山尾かづひろ  読む

■ 尾鷲歳時記(215)

       内山 思考    読む

俳枕 江戸から東京へ(218)

湯島界隈(その2)
文:山尾かづひろ 

無縁坂










都区次(とくじ):一昨日の3月6日は啓蟄でしたね。
江戸璃(えどり):そうね。冬眠していた蟻、地虫、蛇、蛙などが穴を出るのよね。

蛇穴を出て新聞の求人欄  幸村睦子

都区次: 前回は不忍池でした。今回はどこへ案内してくれますか?

無縁坂の塀の沈黙燕来る  大森久実

江戸璃:先月は大矢白星師に不忍池を起点に湯島界隈を案内してもらってね、今回はそのコースをトレースするということで、二番目の無縁坂へ行くわよ。ここはちょっとオーバーな表現だけれど不忍池より海抜が高いからスカイツリーも見えるのよ。

早春のスカイツリー見ゆ無縁坂  寺田啓子

江戸璃:上野公園を抜けて、根津・湯島の台地から、東の崖下へ、江戸時代から多くの坂道があるのだけれど、無縁坂を東京名所にしたのは、明治の文豪・森鷗外の名作「雁」でしょうね。旧岩崎邸の塀囲はスゴイけれど。「雁」の舞台となった明治10年代の塀中は茂っちゃってモノスゴイ状況だったでしょうね。掲載した幸村睦子さんの句に蛇が出てきているけれど、「雁」のように蛇事件があっても不思議ではなかったと思うわよ。
都区次:その森鷗外の「雁」のあらすじを教えて下さい。
江戸璃:明治13年を想像してね。高利貸し末造の妾・お玉が、医学を学ぶイケメンで品行のよい大学生の岡田に慕情を抱いたのよ。ある日、お玉が飼っている小鳥が蛇に襲われ大騒ぎの所へ岡田が通り掛かり蛇を退治して小鳥を助けてあげたのよ。以来お玉は岡田のことが気になってどうしようもなくなっちゃったのよ。末造の来ない日に、一人で家にいるようにして、散歩に来る岡田を待ったわけ。ところが、いつもは一人で散歩する岡田が、その日の下宿の夕食が、友人の「僕」の嫌いなサバの味噌煮だったので、「僕」は岡田とともに散歩に出た。途中不忍池で、たまたま投げた石が雁に当たって死んでしまう。雁を料理して食べようとお玉の家の前を通ったが、岡田が一人ではなかったので、お玉は結局その想いを伝える事が出来ないまま岡田はドイツへ旅立ってしまうのよ。不運にも命を落とす雁になぞらえ、女性のはかない心理描写を描いた作品なのよ。

明治の妾宅










啓蟄や地に胎動のごときもの   長屋璃子
鞦韆を漕ぐでもなしのハイヒール 山尾かづひろ

尾鷲歳時記(215)

木と語る手、手に馴染む木 
内山思考 

花すみれ私事(わたくしごと)として咲けり  思考 

クラフト感いっぱいの店内








普通に暮らしていると空気や水、草花や樹木はあって当たり前のものだが、何かの折にふと、その存在に心奪われることがある。たとえば誰もいない野山で深呼吸したり、喧騒の道端に咲く小さな花を見つけたりした時に、ああ、いいなあと忘我する。その感覚は文明の度数に関わりなく、人間が本来持っている自然への融合感だと思う。

和田悟朗風に言えば自分も地球の一部だと認識する状態である。いや、意識認識というよりほとんど無意識かも知れない。尾鷲は海と山に思い切り挟まれている町だから、存分にその心地よさを味わうことが出来る。先日、市内のクラフトショップを訪れてあらためてこの地方の木の温かさ柔らかさに触れることができた。

若い女性が一人で尾鷲ヒノキをベースにした木工品を作っている、という話はずいぶん前に恵子から聞いていたのだ。一度会ってみたいなと思いつつ、まあその内に機会があれば・・・・で何年経ったろう。息子の結婚式の引き出物を考えていて、ふと木工品のイメージが浮かんだのである。顔馴染みだという恵子が事前に連絡して、市の西側の山の麓へ車を走らせると、住宅街の中ほどに「えびすや」と書いた小さな看板があった。

笑顔で迎えてくれた主は大形弥生さん、娘と同じ名前なのも嬉しい。店内の棚々には彼女の作った木工製品がたくさん並んでいてどれも愉快だ。引き出物選びは恵子に任せて、僕は可愛くディフォルメされた動物の玩具を一つ一つ眺めた。干支のヒツジがいる。ゾウがクジラがパンダがいる、こちらの棚にはパズルが。
製品カタログ
「お父さん、ちょっと見て!」の声で我に返って、恵子の手元の料理へら、バターナイフ、スプーンなどのセットにも目をやる。用事がすんだ後で「昼寝用の枕って出来ませんか?」「どんな形か言って貰えれば」のやり取りがあって、どうやらこの夏僕は、尾鷲ヒノキ製のオリジナル木枕で森林浴的昼寝を楽しめそうである。