文:山尾かづひろ
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無縁坂 |
都区次(とくじ):一昨日の3月6日は啓蟄でしたね。
江戸璃(えどり):そうね。冬眠していた蟻、地虫、蛇、蛙などが穴を出るのよね。
蛇穴を出て新聞の求人欄 幸村睦子
都区次: 前回は不忍池でした。今回はどこへ案内してくれますか?
無縁坂の塀の沈黙燕来る 大森久実
江戸璃:先月は大矢白星師に不忍池を起点に湯島界隈を案内してもらってね、今回はそのコースをトレースするということで、二番目の無縁坂へ行くわよ。ここはちょっとオーバーな表現だけれど不忍池より海抜が高いからスカイツリーも見えるのよ。
早春のスカイツリー見ゆ無縁坂 寺田啓子
江戸璃:上野公園を抜けて、根津・湯島の台地から、東の崖下へ、江戸時代から多くの坂道があるのだけれど、無縁坂を東京名所にしたのは、明治の文豪・森鷗外の名作「雁」でしょうね。旧岩崎邸の塀囲はスゴイけれど。「雁」の舞台となった明治10年代の塀中は茂っちゃってモノスゴイ状況だったでしょうね。掲載した幸村睦子さんの句に蛇が出てきているけれど、「雁」のように蛇事件があっても不思議ではなかったと思うわよ。
都区次:その森鷗外の「雁」のあらすじを教えて下さい。
江戸璃:明治13年を想像してね。高利貸し末造の妾・お玉が、医学を学ぶイケメンで品行のよい大学生の岡田に慕情を抱いたのよ。ある日、お玉が飼っている小鳥が蛇に襲われ大騒ぎの所へ岡田が通り掛かり蛇を退治して小鳥を助けてあげたのよ。以来お玉は岡田のことが気になってどうしようもなくなっちゃったのよ。末造の来ない日に、一人で家にいるようにして、散歩に来る岡田を待ったわけ。ところが、いつもは一人で散歩する岡田が、その日の下宿の夕食が、友人の「僕」の嫌いなサバの味噌煮だったので、「僕」は岡田とともに散歩に出た。途中不忍池で、たまたま投げた石が雁に当たって死んでしまう。雁を料理して食べようとお玉の家の前を通ったが、岡田が一人ではなかったので、お玉は結局その想いを伝える事が出来ないまま岡田はドイツへ旅立ってしまうのよ。不運にも命を落とす雁になぞらえ、女性のはかない心理描写を描いた作品なのよ。
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明治の妾宅 |
」
啓蟄や地に胎動のごときもの 長屋璃子
鞦韆を漕ぐでもなしのハイヒール 山尾かづひろ