2012年7月29日日曜日

私のジャズ(82)

嬥歌(かがい)
松澤 龍一

星降るアラバマ









神話の時代から、日本では男が女に、女が男に声を掛け合う習慣があったようである。万葉、古今、新古今の時代に、これが歌を詠みあう、歌を贈りあう嬥歌(かがい)あるいは歌垣へと発展した。国生みの神話では、イザナミが「まあ、なんて良い男!」と発して、それをイザナギが「まあ、なんて可愛い娘だ!」と受けて、大和の島々が誕生したとある。勿論、日本を作った偉大な神様であるので、こんなはすっぱな言葉は使わず、「あなにやし、えをとこを」、「あなにやし、えをとめを」と宣わった。

時代は大きく移って、この平成の世にも、嬥歌(かがい)の心は生きている。「北空港」、「ふたりの大阪」、「銀恋」などなど、デュエット・ソングの人気は根強い。日本人は神世の昔から、男と女で歌を歌い合うことがどうも好きらしい。日本人の歌手であれば一つや二つのデュエット・ソングの持ち歌はあるはずである。

ジャズ・ヴォーカルの世界ではどうか。考えてもあまり思いつかない。ジャッキー・アンド・ロイと言う男女のヴォーカル・グループがあったが、頭に浮かぶのはそれぐらいなものである。ところが、大物中の大物がデュエットを組んでいた。勿論、恒久的なグループではなく、レーコーディングのためのグループであるが。大物とはサッチモことルイ・アームストロングとエラ・フィッツジェラルドである。サッチモのいい加減な唄い方に、エラがきっちりと寄り添って、絶妙の味を出している。

「星降るアラバマ」を聴いてみよう。アラバマ、アメリカ合衆国の南部に位置する州である。農業と鉱業が主体の、はっきり言って田舎である。当然、空は澄んでおり、星も奇麗だ。アラバマの満天の星のもとに愛を語りあう男と女。ロマンティックを絵に描いたような光景である。エラの声が妙に艶っぽい。


http://www.youtube.com/watch?v=T-1yL_BVZJY&feature=fvst