2012年10月7日日曜日

尾鷲歳時記(89)

須賀利のことなど
内山思考 

少しづつ景色に遅れ秋の蝶   思考 

須賀利港を出る巡航船
尾鷲市の広報紙



















須賀利は尾鷲の飛び地である。細長い湾の奥にある集落は、漁業が栄えた頃は住民数も多かったが、今はピーク時の五分の一ほど。陸路だと隣の海山町(現・紀北町)を経て山越えをせねばならず、道路が整備された後も時間のかからない巡航船が長い間活躍した。

妻の同僚だったSさん(男性)も須賀利出身で高校時代はもっぱらこの海路通学だったそうだ。巡航船の船長がおじさんという気楽さもあり、客が自分だけの時など当時流行っていた舟木一夫の「高校三年生」を黒潮に向かって大声で歌い、青春を謳歌していたのだとか。

Sさんの歌好きは筋金入りで、42才の厄祝いの折り、友人たちとカラオケに繰り出して「あゝ上野駅」を手始めに42曲歌ったという伝説の持ち主である。子供同士が同級生と言うこともあって家族ぐるみの付き合いをしていたが、今年初めSさんは突然の病で急死してしまった。好人物だっただけに惜しむ声が多く、付き合いの長かった妻は今でもSさんの話題になると涙ぐむ。

ロケを伝える新聞記事
尾鷲港と須賀利を結ぶ巡航船は長年の利用者不足のために先頃廃業となり、百年の歴史に幕を下ろした。ところで昨年、静かな須賀利が大いに活気づく出来事があった。映画のロケがやって来たのである。題名は「千年の愉楽」中上健次の同名小説の映画化で、監督は「キャタピラー」などで有名な若松孝二氏だ。

主演は寺島しのぶ。他に高良健吾、高岡蒼甫など今を時めくイケメンスターたちが見られるとあって、近隣の女性ファンが連日須賀利に押し掛けているとの噂に、僕は紀勢新聞社嘱託記者の肩書きを貰ってロケ・レポートの取材に出掛けた。

仔細をここに記すスペースが無いのが残念だが、若松監督は外観に似ず(失礼)とても親切な方で、機嫌よく話して下さった。そして、取材は駄目、とスタッフに釘を刺されていた寺島しのぶさんにも突撃取材を敢行し、コメントを貰うことに成功した。でも僕は緊張のあまり、メモを取る手帳から終始顔を上げられなかった。