2013年3月31日日曜日

尾鷲歳時記(114)

麦と青年
山思考

春の山羚羊の仔を押し出せり  思考

古和浦風景












備長炭の原料であるウバメガシ(通称バベ)は、暖かい土地の海岸沿いに密生している場合が多い。ここ数ヶ月、炭焼きの津村親方と僕たちは南島町の古和浦(こわうら)という小さな漁村の里山で木を伐っている。道に近い場所から伐採して行くから、日を経るごとに現場は高くなって行く。最近はリュックを背負いチェーンソーを提げて30分も登らなければならず、それだけで木を切る前に息が切れる。

しかし、どんどん見晴らしが良くなるから爽快だ。森に光と風を入れ、新しい芽生えを促すのは自然循環の手助けにもなっているのだ。鬱蒼とした森林は決して健康的とは言えない。
「これ何かわかる?」
作業の途中で地元の木こりMさんが、古びた金属板を拾ってこちらに見せた。首を傾げる僕にMさんは笑って言った。
「B29の残骸や」
驚いたことに第二次大戦中、日本の戦闘機に銃撃されたアメリカのB29がこの町の上空で空中爆発を起こし、落下した機体に直撃された民家の住人4人が亡くなったらしい。七十年近く風雨に晒されたその金属板は見た目よりも軽く、ジュラルミンのような材質で、細かくリベットが打たれている。破片は四散していて今でもよく見つかるそうだ。

B29の一部らしい
金属を持つ津村親方
Mさんは子供の頃、機銃弾の薬莢を拾って小遣い稼ぎしたと話してくれた。搭乗していた米兵11名の内10名はパラシュートで脱出したものの拘束され、最終的に怪我や処刑によって全員が死亡した。その内の三名は山中に隠れていたが山狩りをされ、見つかった時ポケットに麦の穂を一杯入れていたという逸話が哀れだ。

他に食べる物が無かったのだろう。母国のために戦った彼らは異国の山野をさ迷いながら一体何を話し合ったのか。僕はそんな話を聞くと金属板を再び森に戻す気持ちになれず、貰って帰ることにした。帰宅途中に妙長寺に寄り保管をお願いすると、静かに聴いていた青木健斉上人は「わかりました」と答えた。