2014年4月6日日曜日

尾鷲歳時記(167)

春の夢、花の記憶 
内山思考 


花前線数多の画面和田悟朗  思考

姉の住む桑名も花どころ









冒頭の句は十年、いやもっと前になるだろうか、和田さんがNHKTVの「俳壇」にゲストとして出演した折に、一体この番組を全国で何人が見ているだろう、と考えて作ったものだ。講師は宇多喜代子さんだったろうか。内容はすべて忘れてしまったが、この句のおかげで「ああ花時だったんだな」と毎年今時分になると思い出す。僕の句で和田さんの出演作はもう一つあってそれは

和田悟朗の乗りし電車を奈良が引く  思考

というものだ。こちらは「白燕」がまだ刊行されていた時代(やっぱり二十年近い昔)で、その頃神戸での句会が終わると僕と和田さんは環状線の鶴橋駅まで一緒に乗って来て近鉄のホームへ降り、和田さんは奈良方面の快速に乗り換える、僕は本数の少ない賢島鳥羽線で松阪行きなので大抵それを見届けるというのが常だった。前の駅の上本町から電車が勢いよくホームへ滑り込んで来ると、「じゃあ」と和田さんは手を挙げて他の乗客と共に車中の人となる。

僕はまだ何か話し足りない気持ちを胸にモヤモヤさせながら、「先生、有り難う御座いました。また来月お会いいたします」と最敬礼。窓が閉まり和田さんの笑顔が流れ去って行くのを寂しく思いながら、自分自身のムードを帰宅モードへと変換するのであった。ご存知の方もあろうが、近鉄奈良線は難波から真東の生駒山系まで延々と一直線なのである。

ちょっと遠慮がちに咲くパンジー
で、麓をやや斜めにグイグイ登って長いトンネルを抜けると生駒から奈良市までまた真っ直ぐ。まさに和田さんの乗った電車は奈良そのものに引っ張られて走っていると感じられた。どちらの句も思い出してはよく口ずさむ。反対に、和田さんが作ってくださった思考登場句もあるのが嬉しい。それは

獺祭忌鷗外にも似る思考にて 悟朗 (風来第16号掲載)

で似ているのが外見だけだとわかっていても、やはり嬉しいものである。だから僕は感激して

鷗外と子規に挟まれ薬喰  思考

と詠んだ。