2014年4月20日日曜日

尾鷲歳時記(169)

熊野うららか紀伊のどか 
内山思考

日を弾く虻のアドリブ朝のジャズ     思考

虻も喜ぶ内山家の庭














暑くなく寒くなく誠にいい気候である。桜は終わってしまったけれど、ここからがもっとも野山の清らかな姿が楽しめる時期である。世の人が花じゃ花じゃと美人に浮かれている内に、その裏側では鄙にすむ女の子がいつの間にか娘らしくなって、ついでに土臭い餓鬼どもも男の眉を持つ、と言った風情だろうか。

毎年今頃、自宅の間近に立つ天狗倉山(てんぐらさん)の肌に、若い芽や葉がグイグイ盛り上がって来るのを見上げては、ああ、生きているって素晴らしいなと微笑んだりするのは、悪くない習慣である。飽きずに陽気が続くので、庭のみやま霧島と牡丹が飛び出すように咲いた。早速恵子に写メールで送る。すぐ返事が来た。「凄い、二つ咲いたんやね、霧島もええね」の言葉の間に絵文字花文字が一杯で愉快だ。そして慶事あり、谷口智行さんから新刊の著書が届いたのだ。「熊野、魂の系譜」である。副題に(歌びとたちに描かれた熊野)とあるように、この書は地元出身で俳人でもある谷口さんが、霊地熊野に関わりを持った文人たちの筆業を通し、自らの考察を加えることで固有の風土への畏敬と愛着を著した渾身の成果である。
谷口さんの著書
一章の総論で熊野に触れた古今の書を紐解き、二章では前 登志夫から三島由紀夫にいたる13名の作中の熊野との縁に触れ、三章ははまゆう、たちばな、舟、の海山河川に由来する物から景色を広げる。そして四章において故郷喪失者論、立原道造論を述べた後、新宮が生んだ作家中上健次について熱く語るのである。

年齢が一回り違う中上氏が仕事場に使っていた湯川の旅館で、何度か顔を合わせた経験があるというエピソードも語られている。「本書をご覧頂く際、ページを捲ってふっと触れくる熊野の気、ひょいと顔を覗かせる歌びとたちの魂を感じてもらえれば幸いです」跋文にある通り、確かに古来の大気が行間から漂うようである。僕にはこの一冊がそのままパワースポットだと感じられた。