2015年10月18日日曜日

尾鷲歳時記(247)

秋の山の実り
内山思考

仏前に力抜いたる熟柿かな   思考 


どちらも信州育ち








時は流れて果物の美味しい季節がやって来た。菓子はもともと果物を表す言葉だと言う。それがいまや、主食を伴う食事以外に摂取する、主に砂糖を使った食べ物(こんな定義でいいのかな)を指すようになった。「旨し」は「甘し」で、甘味料が入手困難な時代は薬効さえあったろうが昨今は、トマトにも甘さを求めるのだから現代人の味覚は退化傾向にあると僕は感じている。


柿渋染めのバッグ
魚の自然な生臭さ、肉の獣の味、青臭い野菜、そして木の実の香りを残す果物、それらの特性は若い大衆の舌に合わせようとすればするほど失われていくようだ。「柔らか~く」「甘~く」「口の中で溶ける」食べ物をビールや炭酸飲料で胃袋へ流し込む文明の行く手には、いったいどんなラスト・ディナーが待っているのだろう。

今回は果物で句を作ってみた。

「秋果」  
秋果手に三々五々と神はゆく
日本は一山(いちざん)秋の果を生らせ
打つ鈴(りん)の音の秋の果に触れつづく
スーパーは夢の明るさ秋果棚
果物の秋を泣いたり笑ったり

「林檎」 
林檎みな佳き名  さざめきつつ届く
林檎すぐ尻を見らるる梨は見ず
もがれたる林檎驚天動地かな
両断の林檎マグマは無くて種
みちのくの風音聞こゆ青林檎  

「梨」  
黙考や月の裏側夜の梨
恩師より賜る梨に五指馴染む
梨は雲甘露の法雨抱いている
芯噛みし昔懐かし梨の頃
梨剥くや肉屋のチラシに皮垂らし

「柿」  
柿の肉天人五衰おそろしき
天に腹突き出して柿供えらる
火星ならむ柿の肌(はだえ)に映る世は
弁当を拡げよ柿の木の少女
現世やみるみる乾く柿の種 

「葡萄」 
山ぶどう見上げて髭奴が通る
例うなら葡萄の軸のような人
葡萄吸い難し前歯の治療中
黒葡萄人類の母熟寝(うまい)せり
姫の頬動き止まずよ乾しぶどう  

「桃」  
一系の裔なり桃もまた薔薇科
どの桃も皮ごと喰らう男かな
大陸の詞を聴きたしや桃を手に
桃を見る眼(まなこ)瞬いては濡れる
皮と種残す桃なり妻の前