内山思考
物置の四季の中より出す火鉢 思考
ターン、ターン、
寒に入ると、尾鷲(おわせ)の町に、うちわ太鼓の音が響いてくる。日蓮宗・妙長寺の住職、青木健斉上人と副住職、青木三明上人の寒行である。尾鷲はもともと漁師町で、海に向かって「冊」という漢字のように路地が抜けている。お二人は、阿吽の呼吸でその路地を重ならぬよう縫って歩く。
ターン、ターン、
うちわ太鼓の乾いた音は、潮風に乗り、上人が町の角を曲がるたびに遠くなり、ふいに近づいて来たりする。町の人は網代笠を目深にかぶった白装束が近づくと、喜捨の小銭を手にしてうやうやしく近づく。そして胸に下げられた木箱(寒修行・妙長寺、と書かれている)にそれを投げ入れ手を合わせる。上人も隻手合掌。幼い頃からこの風景を見て育った町の子は、やがて親になるとわが子の掌に小銭を握らせ、上人のもとへやる。網代笠のかげに笑顔がひろがる。庶民のささやかな歴史がこうして繰り返されてゆくのだ。
青木健斉上人は和歌山県田辺市の人。三十数年前、遠縁の妙長寺を継ぐために、ひろ子夫人と乳飲み児だった三明上人を連れて尾鷲にやって来られた。その後誕生した次男、法明さんは今、つくば住まい。同じ町内ということもあり、お近づきになって早や三十年、冷静沈着、温厚篤実、兄とも思う健斉上人に僕はどれだけ励まされて来たことだろう。
左より思考、健斉上人、ひろ子さん、牧子さん、三明上人 |
文章の書き方、人前での話し方。内山思考のキャラクターというものがあるとすれば、その基盤を作って下さったのは、まさにこの御方である。
ターン、ターン、
今日もどこかからうちわ太鼓の音が聞こえる。その響きの向こうに春の気配がする。
(モノクロ写真:宇利和也、カラー写真:青木三明)