2011年2月13日日曜日

尾鷲歳時記(6)

樹々の声を聴く
内山 思考



 たんぽぽや手紙ばかりに旅させて 思考 



北川と尾鷲神社の大楠
  

昨年の早春、尾鷲(おわせ)神社の境内にある大楠の枝が剪定された。
 樹令千年とも言われ、見上げる者は皆その威容に圧倒される。長い間、この地の歴史を見守りつづけ、時には押し寄せた津波の舌先が根を嘗めることもあったろう。
 車道にはみ出した大枝を伐り落とすわけだが、通行を規制し、クレーン車で吊り上げての大騒動である。バイクで通りかかった僕は仕方なく迂回し、神社の前を流れる北川の対岸を、作業を横目でみながら走った。
 しばらくして、ふと「あの枝を使ってコカリナが出来ないかな」と思った。
 コカリナは、ハンガリーの露店で売られていた小さな玩具の木の笛を、日本のシンガーソングライター黒坂黒太郎さんが精度の優れた楽器に仕上げたものである。 愛好者は全国にいて、美智子皇后もそのお一人だとか。 
 神社に了承を得た後、黒坂さんにお願いすると、心良く引受けて下さり、その一年後のこの二月八日に尾鷲市にある熊野古道センターでお披露目コンサートが行われた。
 黒坂さんと、奥さんでボーカリストの矢口周美(かねみ)さんは全国で年に百回のコンサートをこなすほか アメリカ、中国、ヨーロッパなどでも高い評価を受けている。


左より矢口周美さん、思考、黒坂黒太郎さん

 












風土が育んだ木材をふんだんに使った会場内に、木の笛のあたたかい音色と、透んだ歌声が満ち満ちた。この二人の演奏と歌にはヒーリング効果があるらしく、目を閉じて聴く内に眠ってしまう人もいるようだ。
 「いいのよ、寝てもらっても」
 と周美さんは笑う。
 コカリナは、音階に合わせてソプラノ、アルトから大きなコントラバスまでサイズがあり、曲によって使いわける。材質も杉、檜から桜、くるみなどそれぞれの音質が楽しめ、コンサートで必ず演奏される広島の被爆エノキから作ったコカリナの響きは、何とも物悲しいが、聞いていると希望が湧いてくる。
 黒坂さんが尾鷲神社の大楠のコカリナで「浜辺の唄」を吹き始めた。
 穏やかな波のイメージが胸に拡がった。

(写真・青木三明)